カウント②

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カウント②

ーーガーッーーププッーー はぁーい、エブリワン! 元気? 元気ない? 元気にしちゃおっかな? 今週もパーソナリティ如月(キサラギ)が贈る『オールナイトスター』レッツスタート! ってことでね、初っ端はミュージックのご紹介。 幅広い年齢層に人気のアーティスト『天使と悪魔』のラブソングで『君は好きで嫌いのマッチング』。嬉しいことに本日リリースしたばかりの新曲なんだって! 〜♫〜♫ サビのワンフレーズは僕も歌いたくなるんだぁ。 ね、素敵な曲でしょ? 皆んなも耳を澄ませてご覧よ。 〜♪〜♪〜♪ ーーププッーープッーー 曲を流してマイクはオフ。 冷たいミネラルウォーターを喉に通して、如月は積まれたリスナーからのハガキに指を伸ばした。 受け持つラジオ番組のメインコーナーはとなっているが、それは名ばかり。リスナーとパーソナリティのキャッチ&トークを面白おかしく紹介する構成になっている。 アドリブでリスナーに切り返すのが如月の流儀で娯楽で仕事だった。 何が起こるかは不明、ノリと勢いは確定済み。 一部始終をハラハラドキドキしながら眺めているプロデューサーとディレクターにはと言えなくもないメインコーナーだが、聴取率のすこぶる高い番組枠だった。 「お題は『のびる』……ねぇ。僕自身の『のびる悩み』はどうしたらいいんだろうなー」 独りごちる如月の声はマイクを通さない。自身の胸の内に返るだけだが不満が消えるわけではなかった。ほんの少しだけ愚痴にすり替わる。 3……2……1……【ON AIR】 微苦笑も曲もカウントに合わせてフェードアウト。赤いランプは再び点灯する。 プロデューサーの合図にOKを返すと、如月はマイクに向かって自由自在に声を編んだ。 如月の魔法か妖の類い。メインコーナーまでの三分の一の進行も滞りなく、穏やかに時間を喰らう。 ーーガーッーーガー……ガーッーー 「あら、困ったわ……。電池切れ? それとも電波かしら? 雑音が酷くてよく聴こえないわ。ようやく一縷の望みを見つけたのに」 富士の樹海で女がひとり、電池切れ寸前のポータブルラジオに耳を傾けて口を尖らせていた。 首を長くして夫を待っている間に見つけたポータブルラジオ。そして、偶然にもスイッチを入れた途端に受信したチャンネルは『オールナイトスター』。 生き甲斐もなく楽しみも希薄な女に、毎週木曜22時からの興味をくれた番組だった。 アップテンポに悩み相談をしてくれるというパーソナリティに、自分が出したハガキを読んでもらいたくて女はワクワクしていた。 「……仕方ありませんわね」 牡丹の振袖を優美にはらりと払いのけると、女はポータブルラジオをパシンパシンと叩き始める。 雑音の原因は樹海の磁場の狂いかもしれないが、単に機械が壊れているのだとすると叩けば直るらしい。 先週この樹海で朽ち果ててしまった老人が教えてくれたことだった。 パシンパシン! パシンパシン! パンパンパン!
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