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「──K君、お話があるの。ちょっと屋上まで来てくれるかな……」
お昼休み、僕が食堂から教室に戻ってきて椅子にすわった直後に背後から女の子の声が。
この声はあの子だ。
いつも教室の後ろから見てる、授業中にもついつい視線が行っちゃう気になるあの子。
僕はいったん落ち着こうとして彼女にバレないように深呼吸する。そうしてからゆっくりと振り返る。
彼女は僕の椅子の背もたれを両手でしっかりと握りしめ、僕の背後に立っている。僕は少し上気した彼女の顔をどきどきと緊張しながら見上げる。
「う、うん。い、良いよ」
緊張のせいか、うまく返事ができなくて少し噛んでしまった。
だ、大丈夫。バレてないよ。
心臓は早鐘のようにドクドクとうなってるけど、さすがに彼女には聞こえていないだろう。ちょっと耳たぶが熱いけど、これは教室が暑いせいだから。
だって、見上げた彼女の耳たぶも少し赤いように見えるし。
僕たちは、がやがやと騒がしい教室を誰にも気がつかれないように出る。
屋上に続く階段を先に上がる彼女のミニスカートが細かく揺れる。ほかの生徒に気づかれないように、僕は彼女から少し離れて階段を上がる。
だめだめ、ここでエッチなこと考えちゃダメでしょ。僕は、ちらちらとスカートのあいだから見える彼女の健康的な太ももから視線をそらすと自分の足元に意識を集中する。
屋上で何が待っているのか、それだけを考えながら。
* * *
「それで、どんな用事なの?」
僕が最初に声をかける。
だって、屋上に出ても気になる彼女は下を向いたまま一言も話さないんだもの。屋上に出て、二人きりになっても、顔を真っ赤にして、ちらちらとこちらをうかがうだけだし。
「ご、ごめんなさい。こんな場所ににに、お呼びしちゃって」
彼女は、自分の両手を握りしめて、すーっと一回深呼吸をしてから、こちらを向くと、涙目になりながら必死に声をだす。
しかも、かんでるし。
「わわわ、わたしと、おおおお、お付き合いしていただけますか?」
彼女、完全に緊張してる。
それはそれで、すんごく可愛い。
それに、そもそも、僕も彼女は気になっていたし。
これで、彼女無しイコール年齢という不名誉な記録が止まる、し。
よし、彼女の好みが変わる前に、既成事実を作ってしまえ。
僕は、緊張で真っ赤になっている彼女にずいっと近づき、人生最高の笑顔を彼女に向ける。
ここで「はい、よろしくね」と彼女に返事をすれば、僕の人生はバラ色になる、はずだった……。はずだった、のだけれど。
── ちょろん、ちょろん、ちょろん。
僕のポケットの中のスマホが振動とともに鳴り出した。
* * *
しまった、忘れてた。
食堂でお湯を入れて、スマホのタイマーをセットしてたことを。
すっかり忘れてた。
教室の自分の机の上には、たっぷりのお湯が入ったカップ麺。
カップ麺にお湯をそそぎ蓋をして、三分間まつ。
その間に教室に戻って、タイマーがなったら蓋をあけて出来立てのメンをすする。
そんな楽しみを待っていたのに。
教室に戻って彼女に声をかけられた瞬間に、意識がすべて彼女に向いてしまったわけで。
どうしよう。
いま、彼女の目の前からダッシュで教室に戻れば間に合うだろう。
それは、彼女に返事をしないということと同じ、
どうする、どうする。
彼女に返事をして、伸びきったカップ麺を食べるか?
それとも、彼女を屋上に置き去りにして伸びる前のカップ麺を食べるか?
こまったぞ?
究極の選択じゃないか。
頭の中では、カップ麺の中の麺がつゆを吸ってどんどんのびる、妄想が。
「えーと、あのー。どうしたのK君。そんな難しそうな顔をして。もしかして、わたしのこと嫌い?」
「あ、いや。そんなことないよ。僕もきみのこと気になってたし、こんな僕でよければお付き合いしてくれますか」
心の中では、泣きながら。
僕は最高の笑みを彼女に向けて、右手を彼女にさしだした。
── 今度から、カップ麺は教室には持ってこないようにしよう ──
そんな思いを心に刻むのを忘れずに。
(了)
追伸
伸びきったカップ麺は、やっぱり美味しくなかったです。
ガっクリ。
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