伸ばすことしかできないポンコツエルフでごめんなさい

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「おーいたいた、いたぞ!」  ラルゴが指す先、前方の鬱蒼とした茂みの中に、もぞもぞと動く大きな影が見えた。 「よし、向こうに気づかれる前に片付けよう!」  長剣を鞘から抜き放ったプレストに、私とラルゴは頷きを返す。  今回の相手は地属性ランクDの魔獣、亀に似た甲羅を持つドマオンだ。 「えーと、魔獣図鑑によると物理防御がS(甲羅のみ。露出部はD)だって。甲羅さえ避ければ普通に攻撃は通りそうね。素早さはE……あれ? 何かしらこの注釈」 「要はさっさと片付けろって事だな。そんじゃ、いつもの先手必勝、アニマートでいきますか!」  一生懸命図鑑をめくる私の話を最後まで聞かず、ラルゴの杖から放たれた光がプレストを包み込む。素早さと攻撃力をダブルで上昇させるバフ効果を持つ呪文だ。  ラルゴは簡単にやって見せるけど、実は意外と高位な補助魔法だったりする。多彩で強力な補助魔法の数々を使えるというのが、ラルゴ固有の特殊能力だ。 「よし、行くぞっ!」  サックスブルーの鎧を煌めかせながら、プレストが光の速さで駆け出す。魔法の効果はもちろんだけど、プレストがもつ特殊能力としての自己バフが最大限発現している証拠でもある。  体力B、力B、素早さBという剣士としては月並みな能力しか持たないプレストは、ある条件を満たす事で、実質的には全てのパラメーターがSに匹敵するほどの上昇を得るのである。 「やっぱ速えなぁ。クリシェが無能で良かったぜ」 「……それさぁ、どういうつもりで言ってんの」  ラルゴのいつもの冷やかしに、思わずいじける私。  プレストの特殊能力は、パーティーの能力に反比例して自己バフを得るというものだ。仲間の能力が低ければ低いほどプレストが得られる上昇効果は高まる。つまりあのとんでもないバフ効果をもたらしているのは、私の能力が(以下自重)  ただし――一見完璧に見えるプレストにも、大きな欠点がある。 「クリシェ! 甲羅を殴ればいいんだったなっ!」 「違う違う! 逆だってばっ!」  慌てて止めるも、時すでに遅し。  思いっきり甲羅目掛けて剣を振り下ろすプレスト。  全っ然話聞いてないしっ! つーか甲羅固そうって見たらわかるよね!  バキーン! と乾いた音とともに、根元から折れて弾け飛ぶ長剣。 「だあぁーーっ! 剣が折れたぁっ!」  叫ぶプレスト。 「またやりやがった。あいつマジでアホだな」 「アホじゃ済まないよぅ。ロングソードだって安くないのに」  呆れるラルゴの横で、べそをかく私。パーティーのお財布を預かる立場としては、胃が痛い事この上ない。  ……プレストの賢さは最低ランクのF。しかもバフの効果範囲外なのだ。 「ギャオオォォォォーーッ!」  なんて呑気に構えていた私達の前で、ドマオンが雄たけびを上げて立ち上がった。何かと思えば、プレストに切りつけられた甲羅にみるみるうちにヒビが入り、粉々に砕け散る。 「まさか……」  嫌な予感がして、私は再び魔獣図鑑を手に取った。もう一度、さっき読み飛ばした注釈を探す。 「えーと、なになに……素早さはE……※ただし甲羅を破壊した場合、狂暴化してSに変わる。くれぐれも注意……ですってぇ⁉」 「ギャオオォォォォーーッ!」  目を真っ赤に血走らせたドマオンが、風のような速さで走り出した。しかも狙っているのは……ラルゴ!?!?!? 「逃げろラルゴ!」 「そ、そんな急に言われたってよぉ!」  プレストに言われて、慌てふためきながら逃げ場を探したラルゴが、近くの木にしがみつく。とはいえ力Eの貧弱なラルゴじゃ、登るのもままならない。 「なんで俺に来るんだよ! やったのプレストだろ!」 「いいから早く登って!」  物理攻撃力Cのドマオンとはいえ、HPも防御力も低いラルゴにとっては致命傷になりかねない。かといって私のパラメータはもっと下だから、手を貸す事もできない。プレストも後を追って来てはいるけれど、ドマオンの一撃を防ぐには到底間に合いそうにない。  一体どうすれば――窮地に陥った私の脳裏に、ふと閃いた。  そうだ! こういう時こそ私の特殊能力を使えば!  咄嗟に忘れかけていた印を結び、呪文を唱える。 「テヌート!!!」 「ギャオォォスッ!」  間一髪、ドマオンの鋭い爪が空を切った。 「こいつめっ! よくも逃げやがって!」  遅れて駆け付けたプレストが、手にした木の棒で思い切りドマオンの頭を殴りつける。一撃、二撃、三撃……たとえそこいらで拾った木の棒であっても、パラメーターSに匹敵するプレストの連続攻撃を食らえばドマオンなんてひとたまりもない。  あっという間にドマオンは、食料兼売却用の加工素材へと姿を変えてしまった。 「ふぅ。なんとか間に合って良かった。危うくラルゴがやられるところだった」 「どの口が言ってんのよ。プレストがちゃんと人の話聞かないからでしょう!」 「おぉい、いいから早く下してくれぇ!」  額の汗を拭うプレストと、ツッコむ私。その上から、ラルゴの悲鳴が降って来る。  ラルゴが助けを求めているのは、遥か高みまで伸びた木の上だった。  そう。私に与えられた特殊能力というのは、《対象物を伸ばす》という非常な地味な魔法なのである。咄嗟に木を伸ばす事で、ドマオンの攻撃からラルゴを救出する事はできた。ただし―― 「下ろせって言われても、なぁ?」  ラルゴを見上げながら、途方に暮れるプレストと私。 「下ろしてくれぇ! 頼むぅぅぅ!」  ――私にできるのは伸ばす事だけで、元に戻す事なんてできやしないのである。
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