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◇ ◇ ◇
「何かありそうなんだけどなぁ」
「へ?」
石と砂だらけの急峻な山道を登りながら、ラルゴが言った。
「だってほら、プレストの特殊能力だってお前をパーティーに入れた途端、とんでもない効果になっただろ。俺だって回復呪文は使えないとはいえ、割とチート級の補助魔法使えるしよ。デメリットが大きい分だけ、ちょっとしたきっかけでクリシェの能力も大化けするような気がするんだよな」
「なんか平気な顔してると思ったら、自分だけこっそり補助魔法使ってるでしょ? 体力Eのくせに。ズルいわ。私にも使いなさいよ」
「……お前俺の話聞いてたか?」
「クリシェの能力は僕と二人でワンセットだったのかもね。もう離れられないもんなぁ」
プレストの言葉が妙に意味深に感じて、赤面してしまう。これだから賢さFは困る。もう離れられないなんて言い方したら、プロポーズみたいじゃない? まぁプレストは頭が悪いだけで、顔のランクで言ったらB……いやAぐらいはあるかもしれないけど。
なんて雑談を交わしつつ、私達は今、ワオイハレヒ岳に登っている。今回のクエストは、山頂付近にいるという地属性ランクFの魔獣ガモーの群れを退治する、というものだ。
ガモーの毛皮は加工品として人気で高値で売れる。難易度に比して実入りの多いクエストに思えた。その割に他の冒険者達からは受注が入らず、私達が引き受けられたのは幸運だった。
何せプレストが折った長剣を新調したばかりだ。私達のパーティーは目下危機的水準の財政難にある。
「おっ、いたぞ!」
山頂に差し掛かると、長閑に草を食むガモーの群れが見えた。
「クリシェ、特に注意する点はないよな」
ラルゴに促され、魔獣図鑑を開く。先日ドマオンで痛い目を見たばかりだ。念入りに確認するも、ガモーは体力も力も素早さもF。至って平凡な雑魚魔獣だ。妙な注釈も見当たらない。
「そんじゃ今回もアニマートでいいか。それとプレスト、剣は置いてけ」
「なぜだ。いくらなんでもあの数相手に素手は骨が折れるぞ」
「そこはクリシェの力さ」
ラルゴが転がった木の棒を指し示す。あ、そっか。
「テヌート!」
あっという間に木の棒がプレストの背丈の三倍ぐらいの長さに伸びる。それを見てようやく、賢さFのプレストも狙いに気づいたようだ。
「なるほど、これなら捗りそうだな。よし、行くぞっ!」
長い棒を担いだプレストが勢いよく走り出し、あっという間にガモーの群れへと近づく。
「うおぉぉっ!」
そのまま木の棒を横凪に一閃! 憐れ数匹のガモーが餌食となった。
「こりゃあいいや」
「今までで一番楽ちんなクエストかもしれないわ」
ぶんぶんとプレストが棒を振りまわす度に、大量のガモーが次々とアイテムに姿を変えていく。私とラルゴは、離れた場所からプレストが無双するのを眺めていた。と――急に周囲が翳ったように感じた。
「なんだ? 雲か?」
ラルゴも同時に、頭上を仰ぎ見る。そこで私達が目にしたのは、とんでもなく巨大な両の翼を持つ竜だった。
「ゴガアァァァァーーッ!」
腹の底まで響くような咆哮が轟き、ガモー達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
「あれは……フォルテワイバーン! 雷属性ランクSのレジェンド魔獣よ!」
「なんだって!? なんでそんな化け物がこんなところに!」
私は慌てて魔獣図鑑をめくった。体力S、素早さS、物理攻撃力にいたってはSSだ。こんなランク初めて見た。とてもじゃないけど私達の手に負える相手じゃない。
「……あれ? またなんか注釈書いてあるわ。なになに? ……ガモーが大好物で、ガモーの生息地に出現する……って何よこれ! こんなのガモーの項目に書きなさいよ!」
思わず図鑑を地面にたたきつける私。私達は知らず知らずのうちに、フォルテワイバーンの餌場に足を踏み入れてしまったらしい。どうりでこんなに美味しいクエストなのに、誰も受注したがらないわけだ。
「ガアァァーーッ!」
再び雄たけびをあげたフォルテワイバーンと、目が合う。嫌な予感がするのと同時に、ワイバーンは私へ向けて急降下を始めた。
「逃げろクリシェ! ここは俺に任せろ!」
「プレスト! 流石に無理よ!」
「いいから早く! 来いワイバーン! 僕が相手だっ!」
長剣を煌めかせ威嚇するプレストに気づいたフォルテワイバーンが、空中で進路を変える。
「バカ逃げろ! もたねえぞっ! クソっ! グラーヴェ! レント! ヴィヴィアーチェ!」
ラルゴの口から矢継ぎ早に呪文が放たれる度に、違う色の光が帯となってプレストの体を包み込む。直後、
「ゴガアァァァァーーッ!」
フォルテワイバーンが牙を剥いて、プレストに襲い掛かった。
「うおぉぉっ!」
長剣を構え、真正面から受け止めるプレスト。
バキーン! と音が響き、根元から砕け散る長剣。同時に、プレストの体が宙を舞った。
「プレスト!」
フォルテワイバーンはプレストを弾き飛ばしたそのままの勢いで、再び空へと舞い上がる。
ドサリ、と地面に投げ出されたプレストは、それっきりぴくりとも動かなかった。
「プレスト!」
「待て! 今行ったらお前もただじゃ済まないぞ!」
「そんな事言ったって、プレストが……」
二の足を踏む私達の頭上を、フォルテワイバーンが様子をうかがうようにゆっくりと旋回する。そうして二回、三回と円を描いて飛び回ると、満足したように悠々と空を飛び去って行った。
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