伸ばすことしかできないポンコツエルフでごめんなさい

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   ◇   ◇   ◇  ――プレストは、虫の息だった。  全身を強く打ち、あちこち怪我を負っているようだった。辛うじて脈はあるものの、意識は朦朧としていて、呼びかけに反応すらない。 「くそ、このままじゃ……」 「ラルゴ! なんとかしてよ!」 「そんな事言ったって……補助魔法じゃどうする事もできないだろ! せめて俺が……俺が回復魔法を使えれば……」  真っ白になるほど強く握りしめたラルゴの拳が、小刻みに震えていた。誰よりも悔しいのは、ラルゴなんだと気づいた。  どうしてこんな事に――記憶の糸を辿って、はっとする。このクエストを引き受けると決めたのは、私だ。いぶかしむ二人の意見を聞かず、割りが良い仕事があるからとよく調べもせずに。  あの時、もっとちゃんと調べていれば。誰も受注しない理由を誰かに聞いていれば。ワイバーンの攻撃を食らったのだって、非力な私を守ろうとして。  全部……全部、私のせいだ。  零れ落ちた涙が、ポツリと地面を濡らす。 「……おい、なに泣いてんだ。泣くんじゃねえ。縁起でもない真似やめろ」 「だって私が……私がプレストを……」 「お前のせいなんかじゃねえ。泣くな」 「でも……」 「泣くぐらいなら必死で考えろ! 俺達がこんな特殊能力しかないのには、きっとなんかの理由があるんだ! 俺だってそうだぞ! まだ眠った力があるならさっさと目覚めやがれ! アレグロモデラート! ストリンジェンド! プレスティッシモ!」  一心不乱に呪文を唱えるラルゴ。けど、プレストの顔色はどんどん悪くなるばかりで、生気のない土気色へと変わっていく。 「スピリトーゾ! ブリッランテ! アンダンティーノ!」  それでもラルゴは、ありとあらゆる可能性を試そうと知っている限りの呪文を唱え続ける。私は祈るような気持ちで両手を合わせ――ふと、頭の中を電流が走った。  眠った力……可能性……私だけの特殊能力……。  ――伸ばす……? 「……ひょっとして、伸ばせるかも!」  両手が勝手に動いて、今までとは違う印を結んだ。  《対象物を伸ばす》私の力を使えば、もしかしたら――。 「ベン・テヌート!!!」  呪文を唱えた瞬間、飛び出した光の矢がプレストの胸を貫いた。  みるみるうちにプレストの頬に赤みが差し、全身の傷が癒されていく。 「クリシェ。お前まさか、回復魔法を」 「ううん、違うの。伸ばしただけ」 「伸ばす……?」  私は安堵のため息と共に、言った。全身の力が抜けて、へろへろだった。 「プレストの寿命、よ」 「ん……あぁ?」  寝ぼけた声とともに、プレストが目を開ける。 「……あれ? 僕、ワイバーンと戦って……あっ!」  プレストは手に握り続けていた長剣の柄に気づき、飛び起きた。 「く、クリシェごめん! 僕、また剣折っちゃって……ごめん。頼むからもう怒らないで!」 「ぷっ」 「クスクス」  子どものように両手を合わせて謝るプレストに、つい笑いが零れる。 「……あれ? どうして笑ってるんだ?」 「そうだクリシェ、その折れた剣、伸ばしたらまた使えるんじゃねえの?」 「それイケるかも。テヌート!」  呪文を唱えると、柄にわずかに残っていた刃がニョキニョキと伸びた。おー、意外とイケるじゃない。 「いや無理だよこれ。先っちょ折れてギザギザだし。微妙に曲がっちゃってるし」 「嫌ならしばらく木の棒で我慢しなさいよ。自分で折ったんだから」 「あんまりだぁ」  大仰に空を仰ぐプレストを見て、私とラルゴは声を上げて笑った。  ワイバーンが飛び去った空はどこまでも高く、青く突き抜けて見えた。  ――この僅か一年後、ポンコツな私達がフォルテワイバーンの討伐に成功し、エリートパーティーの称号を得ようとは、当の私達ですら想像もしていなかった頃のお話である。 〈了〉
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