いじわるりょうくん

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いじわるりょうくん

 その頃、生まれたばかりの弟の世話で母は忙しく、陽菜は寂しかった。  公園で遊びたいと言っても、「智君が寝てるから、お昼寝終わったらね」と言われた。  それまで一人っ子で家の中心のような存在だったのが、我慢させられることが増えていた。  弟は可愛くもあったが、不満も溜まっていた。  その頃父は長期出張で長いこと家を空けており、いわゆるワンオペ状態の母は疲れていたのだろう。  夜泣きする弟と陽菜の世話、家事で忙しく、近所の実家に頼りたくても実母は亡くなっていて大工の棟梁の父しかいない。  ある日の昼下がり、陽菜がそっとお座敷を覗くと、弟を寝かせた母が添い寝したまま眠っていた。  陽菜はこっそり家を抜け出し公園まで走った。公園に行けば誰かと遊べると思った。  しかしお昼を過ぎたばかりの公園には誰の姿もなく、寂しくなって一人あの黄色いベンチに座り泣いていた。そしたら──。 「どうしたの?」  涼君ママが通りかかり、おばさんの(うち)のお庭で遊ぼうと誘われて、ここに来たのだ。  そして涼と知り合い、薔薇の庭で遊んだ。といっても、薔薇がいっぱいだったので、薔薇の花を数えたり、散った花弁を集めたり、そんな遊びだった。  涼君ママがおやつを出してくれたけれど、涼がこっそり、「絶対、食べちゃ駄目。食べたら絶交」と言うので、陽菜は美味しそうなクッキーもジュースも一口も口にできなかった。 (りょうくんはいじわるだ──)  内心、陽菜はそう憤慨したのを覚えている。  でも……。  今はこうやって思い出せるのに、まるで記憶に蓋をしていたように涼のことも涼君ママのことも、この薔薇の館のことも忘れていたのはなぜだろう?  不思議だった……。  涼は黙りこくっていたので涼君ママと思い出話をしているうちに、陽菜ははっとしてスマホを取り出し時間を見た。  もうスーパーへ行かないといけない時間だった。 「あ、私、そろそろ行かなきゃ。お昼当番なんです」   「あらそう。じゃあ、またいらっしゃいね。それから、お母さんに会いたいから、今度お宅へお邪魔してもいいかしら?」  涼君ママの言葉に涼君が一瞬何か言いたそうにした。目が、何かを陽菜に訴えているようだった。でもそれがなんなのかわからない。 「ええ。ぜひ来てください。母に伝えておきますね」  そう笑顔で答えて陽菜は立ち上がった。  涼も立ち上がって陽菜を薔薇の垣根の所まで送ってくれた。そして、陽菜の耳元で「もう二度と来るな」と、陽菜にだけ聞こえる声で(ささわ)いた。 (かっこ良くなってたけど、相変わらず意地悪涼君だ!)  陽菜は心の中で憤慨した。
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