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22
師走の酉の日には、縁起物である熊手を近所の神社で販売する祭りが開催される。
厚手のコートを着て出たというのに葵は寒く震えた、特になんの防寒もしていない丸出しの顔面は痛いように冷たい。
信号を渡ると間もなく朱い鳥居があり、交通指導員や見守りの腕章をした保護者が声を上げた。
日が傾き始めた参道には参拝客が溢れ、屋台からは湯気が漏れる。
それでも寒いものは寒い、両手を擦り合わせながら息を吹きかけた。
「離れると、いけないから」陸が手を繋いでくれた。
「そういや杉川さんも、寒がりだったな」
それが自分を指すことは聞いたので知っている、実感がないだけで。
「食いたいもんとか、あったら言って」
大丈夫、とだけ答えた。思い出せないが、この祭りを葵は知っている。
長く長い参道をゆっくりと、人の流れに合わせ進むと再び大きな鳥居が現われた。
これを潜ると屋台はなくなり、代わりに大きさも形も異なる、値段もピンキリの熊手が並んだ。
それぞれの店で熊手は高く積み上げられ、多くの会社が自社の購入した熊手こそ一番と見せ競い合う。
売れる瞬間は格別大賑わいだ。
店員というかこの場合は熊手職人が頭の鉢巻きに、いただいた諭吉を何枚も挟み大声で三々七拍子を打つのだから。
この光景を葵は懐かしく感じた、知っている。
記憶の奥底に眠り、目覚めの時を窺っている。
繋いだ手を強く握ると、陸は握り返してくれた。
ところがその先にある朱い橋を越えると雰囲気は一変、境内は静まり返っていた。
ここからは神域だから冬季は十六時閉門だが、参拝客用にこの日は特別楼門が深夜まで開かれ照明される。
雰囲気は大変落ち着いている。
今まで通ってきた橋の向こう側の賑わいが別世界のように、浮世と常世を思わせた。
ご神木に触れ陸とナウシカ気分を味わうと、狛犬を見上げ記憶を探る。
参拝を終え、ふたりは脇道から参道に戻った。自販機の前で立ち止まる。
飲めよ、と渡されたのは缶コーヒーだった。
丁度喉が渇いた葵だったので、ありがたく頂戴する。
両手で受け取ると、蓋が固くて開かない。
気づいた陸が開けてくれ、再び礼を述べる。
このやり取りも、知っている気がして胸中騒がしくなる。
前の自分が、陸が大好きだったと分かるのは、今の葵も同じ気持ちだから。
「いいよ、無理すんな」
缶の蓋が開けられなかったことだろうか。
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