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 師走の酉の日には、縁起物である熊手を近所の神社で販売する祭りが開催される。  厚手のコートを着て出たというのに葵は寒く震えた、特になんの防寒もしていない丸出しの顔面は痛いように冷たい。  信号を渡ると間もなく朱い鳥居があり、交通指導員や見守りの腕章をした保護者が声を上げた。  日が傾き始めた参道には参拝客が溢れ、屋台からは湯気が漏れる。  それでも寒いものは寒い、両手を擦り合わせながら息を吹きかけた。 「離れると、いけないから」陸が手を繋いでくれた。 「そういや杉川さんも、寒がりだったな」  それが自分を指すことは聞いたので知っている、実感がないだけで。 「食いたいもんとか、あったら言って」  大丈夫、とだけ答えた。思い出せないが、この祭りを葵は知っている。  長く長い参道をゆっくりと、人の流れに合わせ進むと再び大きな鳥居が現われた。  これを潜ると屋台はなくなり、代わりに大きさも形も異なる、値段もピンキリの熊手が並んだ。  それぞれの店で熊手は高く積み上げられ、多くの会社が自社の購入した熊手こそ一番と見せ競い合う。  売れる瞬間は格別大賑わいだ。  店員というかこの場合は熊手職人が頭の鉢巻きに、いただいた諭吉を何枚も挟み大声で三々七拍子を打つのだから。  この光景を葵は懐かしく感じた、知っている。  記憶の奥底に眠り、目覚めの時を窺っている。  繋いだ手を強く握ると、陸は握り返してくれた。  ところがその先にある朱い橋を越えると雰囲気は一変、境内は静まり返っていた。  ここからは神域だから冬季は十六時閉門だが、参拝客用にこの日は特別楼門が深夜まで開かれ照明(ライトアップ)される。  雰囲気は大変落ち着いている。  今まで通ってきた橋の向こう側の賑わいが別世界のように、浮世と常世を思わせた。  ご神木に触れ陸とナウシカ気分を味わうと、狛犬を見上げ記憶を探る。  参拝を終え、ふたりは脇道から参道に戻った。自販機の前で立ち止まる。  飲めよ、と渡されたのは缶コーヒーだった。  丁度喉が渇いた葵だったので、ありがたく頂戴する。  両手で受け取ると、蓋が固くて開かない。  気づいた陸が開けてくれ、再び礼を述べる。  このやり取りも、知っている気がして胸中騒がしくなる。  前の自分が、陸が大好きだったと分かるのは、今の葵も同じ気持ちだから。 「いいよ、無理すんな」  缶の蓋が開けられなかったことだろうか。
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