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113.第7話「殺意」
の第2週に、今年初めての図書部の活動があった。「交流旅行」だった。行き先は、宮城県にある鳴子高等学校と古川中央高等学校。図書部のある高校が珍しいので、高校を探すのが大変だったと、今回の活動を企画した国語科で図書部副顧問の小川誠先生が話していた。
最後の日。森川先生は、古川中央高等学校との交流会には、出席しなかった。朝から事件解決の依頼をされ、1人、宿泊先の「みどり屋」の車を借りて、出て行ってしまったからだ。帰りの新幹線の時間には、私達と合流出来た。短時間で事件を解決してきたと、後から話してくれた。森川先生の行く場所には、事件がつきまとうような感じがしてきた。
その交流会の報告書は、司書の片平月美先生と図書部長の星高陽先輩が作成してくれた。
翌週、18日、土曜日。私は遠藤伸先輩に誘われて、福島第二高校合唱部の定期演奏会に行った。福島県文化センターは、福島市の中央にある信夫山の麓にある約2000人が入る、大きなコンサートホール。
東北本線で福島市に向かった。相変わらず、遠藤伸先輩は、男装だった。私は、遠藤伸先輩の要望通り、女の子らしい格好だった。リボン付きの帽子、ワンピース、ふわふわのスカート。遠藤伸先輩は大変、気に入ってくれた。遠藤伸先輩が心の病気なのは、夏休みに話を聞いた。
福島第二高校合唱部の定期演奏会は満員御礼だった。定期演奏会終了後、遠藤伸先輩は、福島市内にある「珈琲の街」という喫茶店に私を誘ってくれた。
「紹介したい人がいる」
30分後、福島第二高校の制服を着た女子高校生が遠藤伸先輩の隣に座った。
「彼女は、福島第二高校合唱部の部長、『嶋津泉』さん」
遠藤伸先輩が紹介をしてくれた。
「もしかして、『安藤玲』さんの妹?」
嶋津泉さんは、速攻で尋ねてきた。
「はい」
私が答えると同時に話してきた。
「お姉さんに似ていますね」
知り合いだったのか?姉はこの福島第二高校の卒業生だ。
「森川優先生が担任ですって?」
嶋津泉さんは、森川先生の事も知っていた。
「姉の事、聞いていませんか?」
「いいえ・・・」
私、1人が何も知らないようだった。
「そうか・・・、何も聞いていないんだ・・・。森川先生からも、お姉さんからも・・・」
「たぶん、聞いていないです」
嶋津泉さんは、注文したカフェオレに口をつけた。彼女もカフェオレなんだ・・・。
「驚かないで、今から私の話を聞いてね」
嶋津泉さんは、静かで丁寧は口調で話し出した。
「私が信陵中学校3年生の時、私の姉の『嶋津奈津子』は、福島第二高校合唱部部長の3年生でした。一番の仲良しは管弦学部のコンサートミストレスだった『安藤玲』さん。安藤なつさんのお姉さん」
「・・・」
「そこに、二本松大学を卒業した『森川優』という数学の先生が赴任してきました。彼は、二本松大学で管弦楽団に入っていて、音楽が出来るという事で、合唱部の顧問になりました。『安藤玲』さんは、中学校の時から『森川優』先生にバイオリンを習っていたという事で、私の姉『嶋津奈津子』もすぐ、『森川優』先生と話をする事になりました」
姉が森川先生にバイオリンを習っていた事は、夏休みに玲姉から聞いた。
「『森川優』先生は、それまで、合唱の世界では無名だった福島第二高校の合唱部を、着任、1年目から全国大会に連れて行きました。それも、金賞に三年連続で導きました。昨年、私は合唱部の2年生。今年も『森川優』先生の指導で全国大会に行く事が出来ると期待して、部長になりました。
でも・・・」
嶋津泉さんは、そこで少し、沈黙する。
「25歳の『森川優』先生と17歳の『嶋津奈津子』。『私の姉の方が先に、先生を好きになった』とよく話していました」
私は耳を疑った。
「私が中学3年生の夏休み、家族会議を開きました。姉の『嶋津奈津子』が『森川優』先生の事を好きになり、私の両親に相談したからです。私の両親は、姉の『嶋津奈津子』を連れて、『森川優』先生の家に話をしに行きました。
逆に私の両親が『森川優』という人間に惚れ込み、姉『嶋津奈津子』との結婚をお願いしました。『森川優』先生は、だいぶ悩みました。私の両親と『嶋津奈津子』は何度も『森川優』先生にお願いに行きました。
冬休み、高校3年生の『嶋津奈津子』と顧問の『森川優』先生は婚約しました」
私は胸がはち切れそうだった。
「禁断の恋ですね」
遠藤伸先輩が憧れの眼差しをする。だから、森川先生は片平先生と星先輩の事や、佐藤勇先輩と相原ひとみ先輩の事も大目に見る事が出来るのか・・・。
「姉の『嶋津奈津子』は福島第二高校を卒業してすぐ、『森川優』先生の家に同居をします。姉の『嶋津奈津子』は、趣味で入っていた美術部の作品を提出し、福島短期大学の美術科に推薦合格を決めていました。2人は今年の3月に結婚する予定でした。私も一緒に会場準備をしたり、姉『嶋津奈津子』のウエディングドレスを選んだり、楽しい日々が続きました。しかし、突然、あの事故が起きてしまいました」
嫌な予感がする。
「姉『嶋津奈津子』は、夏休みに車の運転免許を取り、冬休みに両親から軽自動車を買ってもらいました。そして、その車に乗って、3月3日、結婚式会場に1人で打ち合わせに行きました。その帰り、赤信号で車を停めた瞬間、後から居眠り運転のトラックが、姉『嶋津奈津子』の車に突っ込みました。姉『嶋津奈津子』は虫の息で福島医大病院に運ばれました」
嶋津泉さんは涙を抑えていた。
「福島第二高校で合唱の練習をしていた私と顧問の『森川優』先生のその一報が入りました。私は、『森川優』先生の車に乗って、福島医大に駆けつけました。この時の『森川優』先生の車の運転は、ここでは言えない程、恐ろしかった。
姉『嶋津奈津子』は、私と『森川優』先生が来るのを待っていたかのようでした。そこにいたお医者さんは、姉『嶋津奈津子』の人工呼吸器を外してくれた。そして、ICUのベッドで『森川優』先生の手を取って、『ごめんね』と静かに話すと、そのまま帰らぬ人になりました。お医者さんは、もう姉『嶋津奈津子』が助からないと知っていたのですね・・・」
私はもう涙で嶋津泉さんの顔を見る事が出来なかった。隣の遠藤伸先輩は、声を押し殺して泣いていた。涙ってこんなに出るものだと初めて思った。嶋津泉さんは、しばらくの間、何も言わなかった。かえってその間が辛かった。
「森川先生は、それからしばらくの間、高校に来なりました。そして、高校に来たと思ったら、転勤してしまった」
もしかして、私が初めてあの松川で森川先生に初めて会ったのは、婚約者だった嶋津奈津子さんが亡くなった直後だったのだろうか・・・。あの時、森川先生は、「少し、人生を考えたくて、横になってボーッとしているのです」と話していた。それに、「今日は、いろいろあって心の整理をしたくて、仕事を休んだだけだから・・・」とも話していた。やはり、亡くなった直後だったのだ。
森川先生は私の事を「なつ」と一度も呼んでいないのは、「嶋津奈津子」さんを「なつ」と呼んでいたからだろうか・・・。私は自分の名前をとても嫌に思えてきた。
私達3人は、それから、「嶋津奈津子」さんの墓参りをした。お墓には、今、誰か来たように線香に火が付いていた。新しいカスミ草も飾ってあった。
「森川先生が来たようね」
嶋津泉さんは、なぜか知っているようだ。
「姉の『嶋津奈津子』の好きなカスミ草をお墓に飾るのは、世界に1人しかいないから・・・」
森川先生らしい・・・。
私はその日、二本松のグリーンマンションに帰る気がしなくて、福島市にある実家に帰った。遠藤伸先輩には申し訳なかったが、1人で二本松に帰ったもらった。というか、遠藤伸先輩から申し出があった。
「今日は、二本松市に帰らないで、実家に帰った方がいい」
アドバイスをくれたのだ。
私は自分の部屋で、声を出して泣いた。そして、泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだった。
翌日、19日、日曜日。私はゆっくり二本松のグリーンマンションに帰った。
「部屋に来ないか?」
森川先生からのお誘いは、久しぶりだった。
「昨日の夜、遠藤伸が来てね・・・」
私と遠藤伸先輩が、嶋津泉さんと会った事はすでに知っていた。
「今まで何も話さなくてごめん・・・」
「大丈夫・・・。私と遠藤伸先輩だけの秘密だから・・・」
私は森川先生にそれ以上の話を求めなかった。
「森川先生が話したくなった時で、いいです。まだ、半年しか時間が経っていませんから・・・。お話し出来る時を待っています」
何は話そうとする森川先生の口をふさいだ。
「ごめん・・・」
森川先生らくしない・・・。
翌日の20日は敬老の日。私と森川先生は、郡山市にある開成山大神宮にいた。
「遠藤伸先輩と嶋津泉さんが、二本松大学の音楽科を受験するみたいなんです。ですから、2人にお守りを買ってあげようと思って・・・」
森川先生はすぐ動く。
「明日、暇か?」
福島市にも稲荷神社がある。しかし、私はあまり知り合いに会いたくなかったので、地元でない郡山市にある開成山大神宮に行く事にした。
江戸時代まで郡山市は荒れ果てた広々とした原野だった。郡山村の商人、資産家24名の賛同者の出資による会社を設立して、「開成社」と名付けた。開成社は「人々の知識を開発し、事業を完成させること」の「開物成務」の文字の意味からとったという事。
開拓担当者は敬神愛国の道を説き、「離れ森」といわれていた眺望絶佳の小高い丘を「開成山」と名付け、その山上にお祭り広場としての遥拝所を設けた。それが海鮮山大神宮だ。
郡山市の開成山は、祝日という事もあり、人で賑わっていた。
「森川先生」
後ろから声がかかった。私は森川先生から、自然にそっと離れた。いかにも森川先生が1人でいるような感じになった。
「森川先生、1人ですか?」
「えっ・・・」
「先日はお世話になりました・・・」
「演劇部の立川未知子さん、今日は?」
「二本松大学の美術科を受験しようと決めたので、お守りを買いに・・・」
「気をつけてね」
同じ二本松高校の先輩だった。大変綺麗な先輩だ。でも、「先日はお世話になりました」って、森川先生は何をしたんだろう・・・。
私達は、2人分のお守りを購入すると、森川先生の車を置いた駐車場に向かった。
「人がひかれた!」
大きな声が聞こえた。私は、本能的にその声のする方に走っていった。駐車場の道路に女の人が倒れていた。周りに人の輪ができていた。森川先生は、その人垣を越えて、倒れている人を覗き込んだ。
「未知子さん!」
先程、森川先生に挨拶をした立川未知子先輩だった。森川先生は、立川未知子先輩に近づいて、脈を診た。大丈夫そうだった。
「大丈夫です。車が急に飛び出てきて、逃げて転んだだけですから・・・」
立川未知子さんが、目を開けて、森川先生に話し始めた。
「大丈夫か?」
「森川先生・・・」
「ご両親は、一緒じゃないのか?」
「今日は、1人で来ました」
森川先生は、立川さんを立ち上げると、近くのベンチまで連れていった。
「二本松まで車で送っていくよ。そこで会った、1年生の安藤なつさんも一緒だけど・・・」
私は、今、会ったようなふりをして顔を出した。
「立川未知子先輩、大変でしたね」
3人で森川先生の車に乗った。
「何があったんだ?」
「郡山駅から電車の乗るため歩いて行こうと、近道をして、この駐車場を横切ったら、突然、車が飛び出してきて・・・」
「どんな車?」
「黒いセダンだったと・・・」
「番号は?」
「覚えていません」
「何か狙われる覚えはあるの?」
「ありません。
でも、最近、命が狙われているようで・・・」
「どういう事?」
「最近と言っても、夏休みです。7月には、自宅近くで、同じ様に車にひかれそうになりました。そして、8月に家族で福島に電車で行った時は、帰りの福島駅で、ホームから突き飛ばされました。たまたま、電車が止まってくれたから、大事にはなりませんでしたが・・・」
「明らかに、殺意が感じられるね」
「福島が危ないから、今日、お守りを買うのに、わざわざ、郡山の開成山大神宮に来たのに・・・」
「本当に、何か心当たりは何の?」
「ないです」
「犯罪に関わったことは?」
「・・・」
「何か?」
「結構、昔ですけど・・・」
「それは?」
「私が小学2年生の時でした。親戚の高校生が私の家に遊びに来ました。その人の高校で文化祭があって、その文化祭を一緒に見に行きました。ところが、その高校で、強盗事件があって、その時、犯人が捕まったのですが、その高校のある学生と、私の目撃証言が決め手になって、犯人が逮捕されたのです」
「もしかして、10年前、福島高校であった文化祭の強盗事件?」
「そうです。森川先生って、もしかして、あの時、福島高校で推理した高校生ですか?」
「そうか、君だったのか、あの時の小学生は・・・」
「森川先生、立川未知子先輩、何のこと?」
私は森川先生に尋ねた。
「私が高校生の時だった。福島高校の文化祭で強盗事件が発生したんだ。私は、犯人を指摘したが、犯人が最後までしらを切った。そのため、その時、丁度、高校に文化祭を見学に来ていた小学生が、犯行を目撃していたのさ。その小学生が立川未知子さんだった」
「その時に犯人は、捕まったの?」
「捕まったよ」
「刑務所を出てきての復讐とか?」
「それはない」
森川先生は断言した。
「どうしてですか、森川先生?」
「捕まった犯人は、警察署に行っても、何も話さなかった。そして、裁判中に無実を訴えて、自殺したのさ」
「そうだったのですか」
立川さんが、窓の外を見る。
「本当は、今日、森川先生と安藤さん、デートじゃないですか?」
「どうしてそう思うの?」
「学校でも、2人が怪しいと噂です」
「ばれたか、デートさ」
「そうですか。他の人には、内緒にしておきます」
「冗談だよ」
森川先生が笑って誤魔化した。
二本松市に入った。
「どの当たりで、車にひかれそうになったの?」
すると、立川さんは、家から50メートルくらい離れた場所を示した。彼女の自宅から、見えない場所になっていた。森川先生は、車を降りて、その近くで車が隠れそうな所を調べた。それから、森川先生は立川未知子先輩を家に送っていった。森川先生は、立川未知子先輩のご両親に今日の事件のことを報告した。
「以前にも高校のベランダから、鉢が落ちてきたり、上履きに画鋲が入っていたりしたことが何回かあって・・・」
立川未知子先輩の母親が話し始めた。
「それは、よくあるイジメ・・・」
立川未知子先輩が、強く否定した。
森川先生が8月の福島駅の事を訪ねても、両親共、彼女がホームから落ちるところは見ていないと話していた。森川先生は、立川未知子先輩の身の回りをよく警戒するように両親に話して、先輩の家を後にした。
グリーンマンションに向かった。
「買ってきたケーキを一緒に食べましょうか?」
私は無理矢理、202号室を訪れた。森川先生は部屋に入ると、すぐ電話をしていた。
「森川です。先日は、失礼しました」
「突然ですみません。お願いがあります。10年前に、私や霧島警部補、星警部が関わった、福島高校の強盗事件の事を詳しく知りたいのです」
「その後の事です。犯人の家族や、好きだった人。事件の後、犯人の無実を訴えてきた人などです」
「お願いします。それに、8月に福島駅で、ホームの転落事故があったらしいのですが、その件も調べて下さい」
「よろしくお願いします」
森川先生は、そう言うと、電話を切った。すると、森川先生は私が湧かしたお湯で、カフェオレとミルクティーを煎れた。郡山市で買ってきたミルクレープを2人で食べた。
2杯目のミルクティーを飲む頃に携帯が鳴った。
「もしもし、森川です」
「わかりましたか?」
「尾形洋一郎です」
「尾形あかねと尾形洋。あかねはひらがな、洋は太平洋の洋ですね」
「小学校2年生という事は、現在高校3年生ですね」
「ありがとうございました。で、福島駅の件は?」
「そうですか。色々と、ありがとうございました」
「何でしょう?」
「もしありましたら、後でお願いします」
森川先生が携帯を切ると、私は質問を始めた。
「どうでした?」
「10年前の強盗事件の犯人は、尾形洋一郎。当時、35歳。彼の両親は、その時、すでに他界。1人っ子だった彼に兄弟はいませんでした。尾形は、結婚して、奥さんは、尾形あかね、32歳。子供は、洋、小学1年生」
「というと、今、高校3年生・・・」
「そう・・・。でも、尾形が自殺した後、奥さんは離婚して、この福島県から出て行っているそうだ・・・。噂によると、奥さんは、とても病弱だったため、事件の1年後に亡くなったらしい。息子のその後の消息は不明らしい」
「8月の福島駅の転落事故は?」
「福島駅で転落事故は1件、報告されている。午後3時15分発の上りホームで、高校生の転落事故が起こっている。しかし、高校生にケガなし」
「それだけ?」
「突き落とされたらしい・・・。周りに目撃者なし。駅の監視カメラからの見えない場所だった・・・」
森川先生は少し考えた。
「ちょっと、二本松高校に行ってくる」
「一緒に行ってもいい?」
「安藤くんが嫌じゃなければ・・・」
祝日の夕方の高校は、静かだ。森川先生は車で、正門前の駐車場に乗り付けた。そして、職員玄関から職員室に入った。
「ここで待っていて・・・」
私は誰も通らない職員室の前で10分くらい待っていた。
「予想通りだ。出かけるぞ」
森川先生はそう言うと、車に乗って、二本松市営のアパートある場所に入っていった。
「どうする?」
「もちろん」
森川先生は私の行動を予想していたようだった。事件解決の前で何もしないのは嫌だ。
森川先生は沢山並ぶアパートの中から1棟を探して、そのまま階段を上った。少し外装が古い感じのアパートだ。一番奥の部屋の前に着いた。表札に「佐藤」と書いてあった。森川先生はそのドアをノックした。
「はい、誰ですか?」
中から男の声がした。
「二本松高校の森川です」
すると、ドアが開いた。森川先生は玄関に入った。私はドアの後に隠れた。
「佐藤くんは、1人で住んでいるの?」
「はい」
「高校を卒業したら、どうするつもり?」
「担任の松村先生には、就職すると・・・」
「就職先は決まったの?」
「福島市の自動車工場に・・・」
「それは、良かった」
少し間が空く。
「そろそろ、森川先生が来ると思っていました」
「どうして、そう思うの?」
彼は、何も話さなかった。
「隣りのクラスの立川未知子さんを昨日、開成山の駐車場で、襲ったのは君だね」
「・・・」
「8月に福島駅のホームで、彼女を突き落としたのも君」
「・・・」
「夏休みに入って、すぐ、彼女の家の近くで待ち伏せして、家から出てきたところを、車でひこうとしたのも君」
「・・・」
「6月、就職先が決まった君は、すぐ、二本松自動車学校に通ったね。高校も何度か休んでいる。そして、二本松自動車学校に通っている生徒から、確認済みだ」
「・・・」
「そして、中古車の黒のセダンを、ローンで買った。その車で、買った次の日、立川さんの家の近くで待ち伏せしたね。でも、その時、待ち伏せした所の壁に、車を擦っている。壁に黒い塗料が付いていた。アパートの前に停まっている黒のセダンにも、傷が付いている。その傷の高さは、2ヶ所とも同じところだ。
8日、福島に出掛けた立川さんを駅のホームで突き落とした。駅のホームの監視カメラの位置には、気を付けていたらしいが、福島駅構内の監視カメラには、立川さん一家を付けている君の姿が映っていた」
「・・・」
「それだけじゃないよね。
君は高校2年生の頃から、立川さんにイタズラをしていた。私が聞いていただけでも、お弁当に洗剤を入れる、ベランダから鉢を落とす、上履きに画鋲を入れる、硫酸を投げる、教科書を盗む・・・。どうかな?」
「・・・」
「それは、君のお父さんが、10年前、強盗事件の犯人をして、立川さんに目撃され、そのため、お父さんが自殺してしまったためだろう。佐藤洋くん」
「だから、何ですか。父はもう帰って来ません。母だって、あの事件のあと、苦労が重なって、病気で亡くなりました。親戚の間を言ったり来たりした僕の気持ちが、先生に、わかります?」
「でも、それは逆恨みだ」
「・・・」
「あの強盗事件の時、お父さんを最初に犯人として示したのは、当時高校3年生だった私さ」
「えっ」
「だから、恨むなら、私を恨むといい」
「・・・」
「でも、あの時の私の推理に間違いはなかったと思うよ」
「小学1年生の僕でも、あの時、父の生活がとても苦しかったのは、知っていました」
佐藤洋くんの言葉遣いが素直になっている。
「どうしようもなかったんです」
「もし、君が今日限りで、こんな事を辞めるなら・・・、立川未知子さんは、私から説明しておく」
「・・・」
「どうだい?」
「あの時の父より、僕は悪いことをしました」
「でも、今、君は自分の罪の深さに気が付いた。それが大切さ。人間、誰にでも間違いはある」
「でも、立川さんが・・・」
「大丈夫。彼女は、許してくれるさ。心の広い人間だよ」
森川先生は、尾形洋くんと約束をした。
「もうあのようなことは起こらないさ。だから・・・」
「何もなかったことにすれば、いいのですね」
「大丈夫?」
「森川先生のお願いなら・・・」
「大丈夫です」
「ありがとう・・・。私の同級生で三田村茂樹っていう人が、その二本松大学の美術科で油絵の先生をしているんだ。君の事を話をしてみるよ」
「ありがとうございます。私、画家になりたいんです」
翌日、21日、火曜日の朝。地学準備室で森川先生と立川未知子先輩が話していたのを、隣の第1理科室に偶然、聞こえてきた。
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