114.第8話「消えたハンドバッグ」

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114.第8話「消えたハンドバッグ」

e59df0d4-0b22-4a77-9baf-1fda46c3618c  10月に入ると、二本松高校の私の周囲は、慌て始めていた。それは、毎年、二本松高校で10月に行われる文化祭に向けての準備活動のせいだった。1年生としては初めての体験で、中学校の時には、二本松高校が家から遠い事もあり、この二本松高校の文化祭を見に来ることはなかった。先輩達は、部活動ごとに今までの経験を生かし、準備を始めていた。私達1年生も、その手足となって動いていた。  二本松高校文化祭の大変なのは、クラスごとに、仮装行列があり、二本松の市内を歩かなければ行けないことだった。また、各クラスで学級展示を行わなくてはならず、その他に部活動ごとの出し物や展示を掛け持っている人は、大変だった。  私達1年2組は、クラスを仮装行列班と学級展示班の20名ずつに分け、活動を始めていた。私は、吹奏楽部の清水美咲と学級展示班になった。しかし、私は、図書部と天文学部に所属していることもあり、学級展示の方での大きな係は、免除してもらった。  文化祭当日、図書部では、図書館の1階を映画同好会に貸し出し、映画の上映会を行わせることになっていた。また、2階の図書室は立ち入り禁止とし、文化祭での図書部の活動は、例年通り、行わない事になった。しかし、天文学部では、第2理科室を暗幕で暗くし、例年通りプラネタリウムを行う事になっていた。  文化祭の10月16日、17日の土、日曜日。近くの中学生や他の高校生も見学できるように、学校公開という形になっているので、みんな張り切っているようだった。特に、3年生は最後の文化祭なので、力の入れ方が違っていた。    16日の土曜日は仮装行列、午後から学級展示。17日の日曜日は体育館で各部活動のステージ発表、夕方から閉会セレモニーが行われる予定だった。  1年2組で行われた学級展示の話し合いは、なかなか進まず、今までの先輩の例を参考に「お化け屋敷」、「昔の遊び」、「世界文化遺産の模型展示」、「二本松の菊人形もどき」、「二本松市の模型」などがあがっていた。  天文学部のプラネタリウムでは、3人ずつ3班に分かれ、1人が解説、1人がプラネタリウムの操作、1人が客引きを行う事になった。1日3回の上演だが、私は17日、日曜日に行われる合唱部や吹奏楽部のステージ発表を見たかったので、16日の当番になった。そして、「声がいい」とか持ち上げられ、解説の係になってしまった。でも、プラネタリウムの解説の原稿は、毎回同じようで、先輩が作成してくれる事になった。それで、当日のみの仕事となっていた。  しかし、私は、人前で原稿を読むことに慣れていなかったので、早めに原稿を作成していただくように、天文学部副部長の時崎通先輩にお願いをしておいた。    10月に入っていた。  二本松市では、10月4日から6日まで、「提灯祭り」がある。とても盛り上がるお祭りが待っている。「二本松の提灯祭り」は、元禄時代に行われた、総鎮寺の二本松神社の祭礼で、太鼓に提灯をつけ、町内を引き回したのが始まりと言われている。その間は小学校や中学校は休みになり、子供から大人まで参加する。9月に入った頃から、二本松の旧市内の各地では、御輿に乗る子供が練習する太鼓の音が、毎晩、響いていた。  7つの旧市内の本町、松岡、若宮、亀谷、竹田、根崎、郭内から神輿を出し、二本松神社に奉納する。その奉納する時、七つの神輿がこの二本松神社の前に集まって、七町それぞれの若連会長が一緒に二本松神社の階段を上る。  そのため、二本松神社の隣にある私のグリーンマンションの部屋から二本松神社に奉納する7台の神輿が並ぶのが一番、見えるそうなのだ。 「一番私の部屋から神輿が並ぶのが見えるので、なっちゃんの私の部屋で見せて欲しい」 同じクラスの清水美咲や國分有香から話があった。  また、神輿には女子は乗ることができないそうで、二本松出身の2人は 中学の時までは、いつも神輿の後をついて歩いていたそうだ。また、市内の中学生の門限は、夜中の12時と清水美咲に聞いて、驚いた。という事は、午前様になる中学生が隠れて、大勢いるという事になる。美咲が言うには、中学校の先生方も夜中の12時過ぎまで補導に出ているそうで、大変らしい。そして、先生方がいなくなってから、また中学生は街に繰り出すらしい。  「二本松の提灯祭り」は、4日と6日が夜、5日が昼間に神輿が出る。その3日間でも最初の日が一番盛り上がるようで、7つの町の御輿が並んで街を歩く。しかし、7つの町以外、例えば、東北本線より南側の町内や、後からできた二本松高校より北側の町は、御輿に入れてもらえず、もっぱら見学をしている。私の住んでいるこのグリーンマンションは、「松岡」地区に入り、商店街の人は「若連」と呼ばれる祭りを切り盛りする役に入っている人が大勢いて、既に9月から昼夜問わず、忙しいようだった。  10月4日、水曜日。夕方になって、私の部屋に、同じクラスの清水美咲と國分有香が来た。清水美咲は「若宮」地区なので、「若宮」の神輿が気になっていたが、國分有香は、二本松駅の南側の「茶園」地区で、この祭りには混ぜてもらえない町内だった。  私は一応、掃除をして、南向きの窓の所は空けておいた。そして、少しのベランダも綺麗にしておいた。夜の6時を過ぎた辺りから人通りが多くなり、そのうち、目の前の旧道は、車が通れなくなっていた。2人はベランダに出て、御神輿が来るのを今か今かと待っていた。すると、マンションの下を、天文学部の三和昴部長と時崎通副部長が通った。 「なっちゃん達、いい場所から眺めているね」  私は、そっと國分有香を呼んで、図書部の旅行の時の事を聞いた。彼女は、東鳴子の夜、図書部副部長の谷川英一郎先輩から夜の呼び出しを受けていたのだ。 「有香、あの夜どうだったの?」 有香はしばらく黙っていた。 「谷川先輩とキスだけした」 小さな声で答えてくれた。 「有香、その後は誘われないの?」 「付き合おうって言われて、うんと言ったけど、その後、何もなし。  今日も最初は友達と行くからって、放っておかれた。でも、先程、連絡が入って、夜の11時に待ち合わせになったの。だから、11時少し前になったら、ここを出るね」 有香は少し嬉しそうだった。 「それじゃ、今日の事も報告してね」 有香はOKのサインを出した。  私達のグリーンマンションの前に御神輿が来た。最初の1台が来て、二本松神社の前で止まってから、最後の7台目が来るまで、大分、時間があり、その間、他の町内の神輿は、ずっと待っていた。  7台が揃うと、7人の若連会長が二本松神社の階段を上がっていった。奉納すると1台ずつ、二本松神社の間から移動し、西の方へ行ってしまった。御神輿についているの提灯の中の蝋燭は、どれも本物で、消えると御神輿の上に乗っている男の人が1本1本取り替えていた。それは、とても大変そうに見えた。  全ての御神輿が移動を終えると、3人で二本松の街中へ見物に出かけた。私達は清水美咲に付き合って、「若宮」地区の神輿に付いていった。途中、知っている同級生にたくさん会って、声を掛けられた。しかし、私と美咲はそんな男達を無視して、神輿について行った。  人が多くて、3人共、並んで歩ける状態ではなかったが、私は何とか人にはぐれずに付いていくことができた。「二本松の提灯祭り」を初めて見学した私は、その壮大さに圧倒感を受けた。 「今日の夜、相談があるので、行っていいですか?」 森川先生の返信は早かった。 「今、補導中。11時を過ぎないと、帰ることができない」 「今、美咲と有香とお祭りを見学中です。11時以降に、先生の部屋に行っていいですか?お願いがあるので・・・。先生が部屋に着いたら、メールをください」 「そんなに、遅くていいの?3人で来るの?それに、今日、部屋、汚いし・・・」 「それじゃ、私の部屋に来てください。遅くても構いません。1人でいますから・・・」 私はメールをしながら、屋台を3人で見て回った。  11時になり、有香は谷川先輩との待ち合わせの場所に1人で向かった。私と美咲は、有香に途中まで、ついていった。そして、コンビニの前で谷川英一郎先輩がいることを確認し、有香をおいて、美咲と私がマンションまで戻った。  美咲は、そこから私の部屋に入らず、自転車で若宮地区の自分の家に帰っていった。すると、そこに、森川先生からのメールが届いた。 「グッドタイミング」 一度、自分の部屋に入り、鏡を見て、服装を確認した。  チャイムが鳴って、ドアを開けると、森川先生が玄関の前に立っていた。そして、私は、できるだけの笑顔で先生を部屋に招き入れた。先ほど、2人が来る前に、見られていけない物は全て片付けたので、今更、慌てる事はなかった。 「こんなに遅く、レディの部屋に入って大丈夫なの?」 森川先生の社交辞令だ。私は、答える前に靴を脱いでいた。 「どうぞ、ここに」 先ほどまで美咲が座っていた場所に、先生を案内した。そして、今日の朝、担任でもある森川先生から頂いたプリントを先生の前に出した。 「先生、この話なんですが・・・」 そう私が切り出すと、森川先生は何の事か分からないようだった。 「何?」 「先生、今日の朝、学級全員に渡したプリントです。  10月12日から、文化祭前日の15日まで、文化祭準備で午後8時以降、学校に残る人は、このプリントに保護者の承諾と帰宅方法を明記して、今週中に提出しろって、言いましたよね」 「ああ、その事ね」 「思い出しましたか?先生」 「思い出した。で、安藤くんはどうするの?」 「それで、お願いなんですけど、明日までに福島市に帰って、保護者の承諾と帰宅方法を記入してくる時間もないので、12日から森川先生と一緒に帰るという事で、提出したいのですが、いいですか?」 先生は、私のいきなりの申し出に少し躊躇っていたが、天井を見上げて考えていた。 「お願い」 可愛らしくポーズをしてみた。森川先生は見ないふりをしていた。 「いいよ。どうせ、そのプリント、私が集めて、集計した物を提出するだけだから・・・」 私は無理かなと思っていたが、あっさり認めてもらったので、ほっとした。 「安藤くん、部屋が綺麗に片づいているね。でも、ピンク一色の部屋だね。目がチカチカしない?眠れなくない?」 「そんな事ありません。ほっとして、よく眠れます。緑一色の部屋の人に言われたくないです」 言い返す。 「私が来る前までいた美咲と有香にも、ピンク一色と言われなかったかい?」 「言われませんでした」  なぜか、森川先生と今までの半年間の事をいろいろ話し込んでしまった。外はまだ、人の声がしていた。  いつの間にか、時計は午後12時になっていた。 「先生、今日、私の部屋にここに泊まっていきますか?」 冗談で聞いてみた。 「それもいいね。朝になったら、私を起こしてくれ」 明らかに冗談で返された。  いつの間にか、私は眠ってしまったようだった。目が覚めると、私の体に毛布がかかっていた。時計を見ると、朝の6時だった。  私は、急いで学校に行く準備をした。テーブルの上に先生のメモと、文化祭のプリントが残してあったのを、後から気が付いた。お風呂に入って、朝食を軽く食べ、森川先生からのメモを見た。 「保護者欄に記入しました。保護者印はいつもの通り、自分の判子を押しておきなさい。寝坊しないように。かぜもひかないように。森川」  いつの間に自分の部屋に帰ったのだろう、と思ったのと、何も自分がされていない事に気付いた。 「やはり、私は女として認めてもらっていないのだろうか?それとも、森川先生の理性が強いのだろうか」 いろいろな事を考えながら、朝、学校へ向かった。また、森川先生は私の事をどう思っているのだろうか・・・。そう考えると、その日の授業には、全く集中できなかった。  そうして、二本松提灯祭は終了した。  学級の話し合いで、結局、学級展示は「世界の文化遺産」に決定し、班に分かれて、金閣寺、万里の長城、ピラミッド、サグラダ・ファミリアを作成することになった。天気も雨となり、学校に残ってお祭りに行かず、黙々と作成する人も多くなっていた。  作成が進むにつれ、学級の中は騒然とし、みんなの机を前に寄せ、後ろに展示の途中の模型を置いていた。そして、教室は模型のおかげで歩くスペースもなくなっていた。  12日間からの4日間は、先生方が交代で学校に居残っていた。最後に学校を施錠する先生は真夜中の12時頃になるらしいと、聞いた。  森川先生の施錠担当が13日の水曜日らしく、その日は私も先生と一緒に、夜中の12時に帰る事にした。下校時間の後は、他の学級の生徒に内緒で、地学準備室に隠れていることにした。というより、森川先生からそのように教わった。 「黙って隠れていろ」 と。  12日から誰もが文化祭にむけて、全力で作業していった。夜食を準備してきた者、一度帰って夕飯を食べ、もう一度登校する者、外食に出かける者もいたが、私達のクラスは8時を過ぎても、ほとんどの人が学級で作業をしていた。 「福島方面の電車に乗る人は、下校しないと、電車に乗ることができなくなります」 「郡山方面は今、下校しないと電車に間に合いません」 校内放送が、親切に流れていた。  私達のクラスの男子も気を遣ってくれた。 「11時だから、女子はそろそろ帰宅した方がいい」 そのうち、放送が流れた。 「12時には全員、学校の外に出るようにしなさい」 私は、地学準備室に向かった。  地学準備室に行くと、寝ていた森川先生を起こした。森川先生と一緒に、夜道を帰った。2人で並んで帰るのは、変な感じもしたが、少しほっとして歩く事ができた。  事件は翌日13日水曜日に起きた。森川先生は12時の最終確認を何人かの先生とすると、学校を施錠した。それから校門の陰で待っていた私と落ち合うと、他の生徒が帰るのを待ってから、真夜中の道を、歩き始めた。二本松西小学校までの道は、外灯が付いていて明るかったが、この先の山越えの道は少し暗く、いつも不気味な道になっている。  私達はいつもの近道を歩いていった。右手が竹林、左手が住宅街になっているこの道は、外灯がなく、真っ暗だった。私は、少し森川先生の方に寄り添った。  さすがに今日は、先生も私の近くに寄って歩いてくれた。もしかすると、先生の方が怖いのかもしれないと思った程だった。竹林の陰から、月の光がわずかに漏れてくるのが、私達の頼りになっていた。  私の向かっている方角から、1人の人間が歩いてくるのが見えた。しかし、その人は途中、悲鳴を上げて倒れた。私は、その悲鳴から、その人が女の人だという事が分かった。そして、その方角から何者かが私の方に向かって走ってきていた。 「泥棒!」 今度は、女の人の叫び声が変わった。  あっと、いう間にその走ってきた人が私の目の前まで来ると、森川先生は私を竹藪の方と押した。私は、その勢いで足下がふらつき、竹藪に倒れながらも、先生を見ていた。森川先生は両手と広げた。 「止まれ」 「どけろ!痛い思いをするぞ!」 明らかに男の声だった。それに体格からいい、森川先生が対抗できる人ではないように思えた。大柄で筋肉の付き方が、まるで森川先生とは違っていた。それに、その男の人は、右手に光る刃物のような物を持っているのが分かった。  私はすぐ携帯を取り出し、警察に電話しようと思ったが、このような時に限って、携帯がすぐ出てこない。授業中はすぐに出てくるのに・・・。  男は先生に向かって突進した。私は先生が刺されてしまうのかと心配した瞬間、森川先生の右脚が高く上がり、走ってきた男の首に回し蹴りが入った。先生の足の遠心力と、男の走ってきた速さによって、その力が倍になり、男は私とは反対側にある側溝に見事に頭から突っ込んでしまっていた。  それでも、男は立ち上がろうとしていた。先生は今度、左脚で男の溝打ちに蹴りを入れた。それで、全ては終わった。男はその場に意識をなくしたようで、倒れてしまった。  私はようやく、携帯を探り当てた。 「安藤くん、警察に電話」 森川先生が私に向かって叫んだ時には、既に私は電話中だった。 「安藤くん、あちらの女の人を見てきて・・・」 立ち上がった私に向かって指示した。私は、竹藪から出てきて、走って、女の人の様子を見に行った。 「大丈夫ですか?」 私が声を掛けると、その女の人は顔を上げた。 「多分、大丈夫です」 その答えた顔に、私は見覚えがあった。暗くて、はっきりしていなかったが、その声とその美しい顔立ちは、レストラン&カフェ「アンダンテ」でキッチン前のカウンターで、いつも座る女の人だった。 「あら、いつも、土曜日の昼食、アンダンテにいる高校生の方ですね。ありがとうございます。私、一条のり子と申します」 「良かった、大丈夫なのですね。私、安藤なつです。先生が・・・、いつも私の横に座る森川先生が男の人を倒したみたいです」 「私、ハンドバッグ、取られたみたいで・・・」  森川先生はずっと、先ほどの場所で倒れた男を見ていた。パトカーのサイレンを鳴らした音が近づいてきた。私は、また1つ、森川先生の謎を抱きかかえてしまった。あのようなすごい空手の技を、いつ覚えたのだろうか、という事だった。 「私は生まれた時から先生じゃないからね・・・」 そんな風に誤魔化されるに違いない・・・。 「今日は遅いので、明日、時間がある時に現場検証に立ち会って欲しい」 警察からそう言われ、私と先生は、住所と電話番号を控えてもらい、すぐ帰宅させてもらった。  翌日14日、木曜日。私は授業中だったが、校長室に呼ばれた。校長室には、品川宗林校長先生と森川先生、1人の刑事がいた。先月、森川先生が立川未知子先輩の事件の時、電話をしていた二本松警察の霧島城司警部補だった。 「安藤さん、昨夜の事件の事は森川先生と警察から聞きました。お手柄でした。それでなんだが、授業中で申し訳ないが、森川先生と一緒に今から、昨夜の現場検証に付き合ってくれないか?ちょっと警察が困っているようなんだ」 品川校長先生が申し訳なさそうに、私に向かって話す。 「安藤さん、授業中、すみません。いいですか?」 霧島刑事からもお願いされる。 「森川先生がいれば、全て解決すると思うのですが・・・」 霧島警部補は何か、森川先生の昔の事を知っているのだろうか? 「霧島警部補、あまり余計な事を話さないでくださいよ・・・」 森川先生は霧島警部補を制した。やはり、この2人、何かある。  生まれて初めてパトカーに乗った。その中での森川先生と霧島警部補の話を聞いていても、昔からの知り合いのようだった。まさか、森川先生って前科者だったりして。そして、警察にお世話になった事があったりして、と私の頭の中を過ぎった。  そして、そのもやもやを解決するために尋ねた。 「霧島警部補さん、森川先生と、お知り合いなのですか?」 「なんだ、安藤さん、知らないの?」 パトカーを運転しながら、霧島警部補が笑っていた。 「私、霧島城司が以前、福島や会津若松にいる時、この森川先生に、大分、いろいろとお世話になったのさ。先日も二本松高校裏の強盗事件を解決していただきました」 私は、驚いた。4月に二本松高校の図書館から見たあの事件だ。  私がもう少し突っ込んで話を聞こうとすると、パトカーが現場に着いてしまった。森川先生が私の質問を制した。私の頭にまた1つ、森川先生の謎が増えてしまった。 「ハンドバッグが見つからないって話していましたね、霧島警部補」 森川先生はパトカーを降りると、真っ先にそう霧島刑事に言った。 「そうなんです、森川先生。昨日の被害者、一条のり子さんが黄色のハンドバッグをひったくられたという事で、付近を捜査しました。勿論、犯人を昨日逮捕した時、犯人はハンドバッグを持っていなかったし、先ほど、森川先生に尋ねた時、既に、先生と接触した際には、犯人はハンドバッグのような物は持っていなかったと言いましたよね」 「ああ」 「安藤さんはどうですか?」 霧島警部補のいきなりの質問に私は驚いた。 「持っていなかったように思えます」 しかし、私には自信がなかった。 「昨晩から、このように現場一帯を立ち入り禁止にして、捜査しています。側溝の中、東の住宅地の塀の中、庭先、屋根の上、西側の竹藪の中、犯人の服の中など全て調べたのですが・・・」 「まだ見つからないの?」 「はい、そうなんです。  それで、森川先生なら、何か分かるんじゃないかと思って、お仕事中で申し訳なかったんですが・・・」 「いやいや、お仕事中でも結構ですよ。安藤くんもきっと喜んでいますよね」 「はい」 つられて答えてしまった。現場にはまだ何人かの二本松署の警察官が捜査をしていた。  森川先生は昨晩のように、空を見上げていた。私も一緒に見上げると、そこには昨晩の月に代わって、青空が笹の葉の間から見えていて、すがすがしかった。  森川先生は、昨晩犯人の男を蹴った場所から数歩前に歩くと、右手の竹藪を見つめた。少し竹藪に入り、一番太そうな竹を、昨晩を同じく右脚を高く舞上げ、回し蹴りで蹴った。勿論、竹が折れなかったが、その代わりに竹は大きくしなり、私達の前に、ドンっと、ある物が落ちてきた。音をした方を見ると、そこには黄色いハンドバッグが落ちていた。森川先生が拾った。 「犯人は、とっさに身の危険を感じ、この黄色いハンドバッグを頭上に放り投げたのでしょう。偶然に竹の葉の上に引っかかってしまった。黄色の色も災いして、竹の葉に隠れ、見えにくかったのでしょう。今日はとても晴れていることだし。  まあ、それを犯人は考えていたかどうかは、分かりませんが・・・」 黄色いハンドバッグを霧島警部補に渡した。 「森川先生、よく一発で分かりましたね。さすが、名探偵の推理は衰えていませんね」 「現場から不必要な物を全部、取り除くと、最後に必要な物だけが残る。何て、以前にも話しませんでしたっけ・・・」 私は、霧島警部補が言った「名探偵」という言葉がとても頭に残った。 「後で先生を問いつめてみよう」 今は静かに聞いていた。  新聞には、この事件が大きく報じられていた。しかし、以前の強盗事件同様、森川先生と私の名前は一切、掲載されていなかった。やはり、森川先生が、新聞に名前が載る事を、大いに嫌がったからだ。  16日、土曜日の仮装行列から、二本松高校の文化祭が始まった。  先頭は吹奏楽部のマーチの演奏。そして、1年生からクラスごとに並んで、最後にジャス研究会の派手な演奏が続いた。二本松市を回る中で、わざと二本松西高校や各中学校、小学校の前を通るコースを選んでいたが、土曜日ということもあって、小学校には人がおらず、他の学校も、部活動の生徒しかいなかったのが、残念だった。  私は午後からプラネタリウムの解説を2回行った。私は、3年生の遠藤那摘先輩と1年生の安斉順くんと班を組んで、行った。2回目は小学生のガキが途中うるさくして、私がキレてしまった。 「なっちゃんの話し方が、途中で怖くなっていた」 プラネタリウム当番で副顧問の先崎春美先生に笑ってた。プラネタリウムを初めて見る人が多く、2回共、第二理科室は大にぎわいだった。  1年2組の学級展示には、あまり顔を出さなかったが、清水美咲や國分有香の話では、私達が手抜きで作ったピラミットはともかく、ガウディのサクラダ・ファミリアはとても人気があったようだった。それも、1年2組の「オタク」のような男子4名が、ガウディを研究し、精密な模型を作成したからだ。  また、金閣寺を作成した女子5名は、毎日手を金色に染めながら、角材を組み合わせ、最後は周りの池や木々まで付け加え、その池の底にビニールを敷き詰め、水を張り、金魚を入れてとてもすごい物を作成していた。  翌日、17日、日曜日。前日の疲れで、体がボロボロだったが、遅刻ギリギリで高校に間に合った。噂では、寝袋を持参に、内緒で学校に泊まった先輩が大勢いるらしく、朝から展示の修復を行っていたらしいと、聞いた。それは、1日目で展示が壊れたクラスがあるという事だったからだ。  午前中の体育館でのステージ発表はとても、盛大だった。3年生女子の有志のダンスは、見事なレオタード姿で、男子の目を釘付けにしていた。やはり、男とはこんな生き物だったのかと思った。  演劇部の発表があったり、合唱部の発表があった。「あいたくて」の女声合唱を披露した。3曲目の「蟻」の最初の「ザッ、ザッ、ザッ」という行進の歌がずれていて「ズラ、ズラ、ズラ」と聞こえきた。私は、心の中で、渋川渉教頭先生の頭を思い出してしまい、笑ってしまった。  吹奏楽部のアニメ・メドレーとジャズ研究会の演奏が続いた。私は森川先生を体育館の中で探したが、見つからなかった。どうせ、誰も来ない部屋を見つけて、眠っているのだろうと思っていた。    吹奏楽部の演奏が終わった清水美咲が私の隣に座ってきた。 「何か特別演奏があるらしいよ」 清水美咲の情報。生徒会の進行役の人からも「特別ステージ」が紹介された。そして、ステージの幕が上がった。私と美咲は驚いて、目を丸くした。そのステージの上に、森川先生がいたのだ。 「本日のステージ発表のラストを飾るのは、我が二本松高校の先生方によるジャズの派手のスタンダードナンバーです」 進行係の声とともに、体育館の中に歓声が上がった。 「演奏者を発表します。  まずピアノは、合唱部顧問の松村美香子先生」 「松村先生、頑張って」 黄色い声が響いた。3年生達はある程度この特別ステージを知っていたと思われた。 「次にトランペットは、社会科担当の大石光秀先生」 3年生男子の低い歓声が響いた。 「次にホルンは、吹奏楽部顧問の皆川友美先生」 吹奏楽部の大きな歓声が鳴る。 「次にドラムは渋川渉教頭先生」 少し頭がはげ上がっている教頭先生が、恥ずかしそうに立って挨拶する。場内が少しどよめいた。声援はバラバラになり、観客の動揺も伝わっていた。 「最後に、今回、この曲を編曲したエレキウッドベースで、数学科の森川優先生」  合唱部と吹奏楽部を中心とする女子から大きな歓声が響いた。私は、森川先生はてっきり寝ているものと思っていたが、自分のカンの鈍さに愕然とした。 「すごいね、このメンバー」 隣にいた美咲が私に囁いた。隣で保健の先生、今泉洋子先生も大きな拍手と歓声を送っていた。今泉先生の狙いは、誰だ? 「一曲目はジャズのクラシックでもある”Take the A Train”つまり”A列車で行こう”です。では、先生方、お願いします」  進行係がマイクのスイッチを切ると、照明の色が変わり、スポットライトがピアノの松村先生に当たった。  最初はあの有名なイントロを松村先生がピアノソロで演奏し始めた。エレキウッドベースの森川先生に照明が当たり、松村先生との二重奏になった。その時の松村先生の森川先生を見つめる目は違っていた。女の私のカンでもあるが、その眼差しは明らかに恋をしている目だった。  ピアノとベースを通して、2人でデートを楽しんでいるようだった。2人とも、楽譜は見ておらず、互いの目を見つめていた。  教頭先生のドラムが加わり三重奏になり、その雰囲気はなくなった。  曲が2番に入り、大石先生のトランペットと、皆川先生のホルンの掛け合い。二重奏を残りの3人が伴奏をしている形となった。  さすが、森川先生の編曲はすごい。トランペットとホルンがデートをしているように聞こえる。この2人のために演奏しているようなものだった。最後のフェルマータが鳴り終わらないうちに、場内から拍手が鳴った。 「森川先生のベース、すごいじゃん。指揮だけじゃなかったんだね」 と、隣の美咲は言った。美咲とは、あのコンサートホールでの、森川先生の指揮を一緒に尾行して見た仲だった。しかし、私には、その他にバイオリンの上手な腕前や、空手の達人並のすごさも知ってしまっているので、森川先生の謎には、きりがないようにも、思えていた。  2曲目が終了すると、場内のアンコールに応えて、「Moon light Serenade」 を、しみじみと演奏し、特別ステージが終了した。  閉会セレモニーでは、各賞が発表された。  一番人気は、「Mr二本松高校」と「Miss二本松高校」の発表である。生徒全員による投票で、学校の一番の男子と女子が選ばれる。  生徒会の進行係が発表する準備を始めた。 「まず始めに、今年のMr二本松高校を発表します。今年は同数で2名います」 体育館がどよめいた。私は、先輩の事がよく分からなかったので、投票をしていなかった。 「1人目は3年2組の星高陽くんです」 図書部部長で、片平先生の彼氏だ。やはり、他の人達からも人気があったんだ、と思った。星高陽先輩は、その場で周囲の人達に立ち上がらせられていた。  生徒会の進行役が発表を続けた。 「2人目のMr二本松高校は3年3組の遠藤伸さんです」 体育館の中は割れんばかりの拍手になった。遠藤伸先輩は合唱部部長。そして、私と2人だけの秘密、森川先生の過去を知っている人だ。それに心の病もある・・・。  遠藤伸先輩には、男の子のような格好良さがあり、それでみんな投票したのだろう・・・。遠藤伸先輩も、その場で周囲の人達に言われて、立ち上がった。 「次にMiss二本松高校です。3年1組の立川未知子さんです」  場内から拍手が起こった。やはり彼女は、目立つ存在だった。先日の事件の時からそう思っていた。演劇部の先輩で、誰が見ても「美しい」と思えたのだろう。  3人の先輩は、それぞれステージの上に登壇した。そして、ステージの上で、生徒会長から賞状をもらって降壇した。  仮装行列では、1年生から、やはり入賞するクラスはなかった。しかし、私達の1年2組は、学級展示で3年生を抑え、入賞してしまった。それには、クラス一同大喜びだった。多分、「オタク」達のおかげであろう。  その後、学級で担任の森川先生から、久々のお褒めの言葉があった。 「明日、雨かもよ」 國分有香は皮肉を言っていた。  久々、夜、202号室を訪ねた。先生は眠そうだったが、私を部屋に入れてくれた。いろいろ聞きたい事はあったが、一杯だけ先生の入れてくれたミルクティーを飲むと、私も眠気を感じてきた。 「ひとつだけ、質問があります」 「何だい?」 「なぜ、あんな遅い時間に、一条のり子さんは、あんな暗い道を1人であるいていたのでしょう?」 森川先生は眠い目をこすった。 「何だろうね・・・」 これは、知っている話し方だ。ただ、私には言いたくないんだ。それか、話すのが面倒くさいかだ。こういう時は、これ以上突っ込んで話を聞こうと思っても、森川先生は、話をしてくれない事を私はここ半年で知っていたので、黙っていた。  私は、森川先生にお休みの挨拶をすると、夢の国が待つ203号室に帰って行った。
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