馬之助と熊

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 ここまで来れば、馬之助さんは少しもあわてることがありません。 「あなたの食べ物の方が先です。私の方は、明日、お届けにうかがったついでにでも、とらせていただくことにします。それでかまいませんか? 」 「そりゃあ、別にかまわねが」 「では、私は急ぎますので」  と言うと、馬之助さんは、くるりと回れ右(まわれみぎ)をして、もと来た道を帰りかけましたが、急に思い出したように立ち止まって、 「あっ、それと、万が一(まんがいち)お届け物が他の動物に見つかって、横どりされては何にもなりません」 「そりゃあそうだ。それじゃあ『ヤクソク』がちがう」 「ですから、見つかりにくいように、(かこ)いをして、その中に食べ物を置かせていただきます。少しせまい囲いですが、その方が他のやつらにじゃまされずに()みますから」  そう言って馬之助さんは、山の下の方を指さしながら、 「なに、ここからちょっとばかり(くだ)ったところに、すこし開けたところがあります。そこに置いておきますから、中でゆっくりお上がりなさい」 と言いました。 「そんなとこまで気ぃまわしてもらって、かえって何かすまねぇなぁ。じゃあ、明日の朝、楽しみに待ってるだよ。  ─ あぁ、これで俺も食べ物の心配をしねえですむんだなぁ。有りがてえ」  熊は、馬之助さんの後ろ姿を見送りながら、してやったりと言ったふうな顔で満足(まんぞく)そうに笑いました。  馬之助さんはというと、少し笑い出しそうになりながらも、それでも、振り返ったりすることはせず、急ぎ足(いそぎあし)一目散(いちもくさん)に山をおりていきました。
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