馬之助と熊

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くぅまぁざさぁ(熊笹(くまざさ)) やぁまぁゆりぃ(ヤマユリ) やぁまぼうしぃ(やまぼうし) くぅぬぅぎぃ(くぬぎ) こぉなぁらぁ(こなら) かぁぶとぉむぅしぃ(カブトムシ)  好物の『ふき』や『やまもも』を()りに山に入った猪鹿馬之助(いのしかうまのすけ)さんは、熊よけの鈴がチリンチリンと鳴るのにあわせて、きげんよく歌いながら山道を歩きます。  馬之助(うまのすけ)さんは、長い間、消防士としてはたらいた後、定年退職(ていねんたいしょく)してからは地元で猟師(りょうし)をしています。  今のみなさんには信じられないことかもしれませんが、まだまだ携帯電話もない時代。  工場では人が自分でモノを作り、お店では人が自分でモノを売る。  事件だって、警察にいる人間自身が解決していて、列車は電気で走り、自動車はガソリンで動いていた、そんな時代のお話です。  馬之助さんが山道(とは言ってもきれいに舗装された道路ではありませんが)をごきげんな様子で歌いながら登っていると、横手の山の斜面(しゃめん)をおおいかくしている熊笹が、サラサラと音を立ててゆれています。 「おや? 誰かいるのかな? 」  馬之助さんは足を止め、不思議そうな顔で熊笹のゆれる方をじっと見つめます。  人間であれば馬之助さんと同じように、山道を歩くはずですから、よほどのことがない限り、こんなところから人間が出てくることはないはずです。  そう考えた馬之助さんは、表情(ひょうじょう)をひきしめて、身がまえました。
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