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しばらく身がまえたままでいると、生い茂る熊笹の間から、大きな黒いかたまりが姿をあらわしました。
立ち上がれば馬之助さんを見下ろすほどに大きな熊が、馬之助さんの前を通りかかったのです。
馬之助さんも内心では大変おどろきましたが、こういう時はあわててはいけません。
── おちついて、おちついて ──
そう自分に言い聞かせて、馬之助さんはできるだけ動かないようにしました。
熊は斜面をおりてきて、山道を横切ってまた向こう側へさらに斜面をおりていこうとするところでしたが、どうにも馬之助さんに気づいてしまったようで、ふと立ち止まって、首だけを横に曲げて馬之助さんの方を見ました。
「あぁ、こんなところに誰がいるだ? おめぇ何もんだ? 」
気づかれないようにそろそろと後ずさりしていた馬之助さんに熊が話しかけました。
馬之助さんは仕方なく後ずさりをやめて
「私は猪鹿馬之助というものです」
といつもと同じ丁寧な口調で自己紹介をします。
「あぁ? いのしか? うま? おめぇ、人間ではねぇだか? 」
熊には馬之助さんのおかしな名前が、とっさに理解できなかったようです。無理もありません。
「いえいえ、私は人間です。ごらんなさい、ちゃんと二本の足で立っているでしょう? 」
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