3.翡翠

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3.翡翠

 針路が定まってから早一週間。  徒歩なら二か月は続いていたであろう地獄の道程も、文明の利器を頼ればあっという間に突き進んでしまう。食料と追っ手に悩んだあの頃が嘘のようだ。妻も息子も、段々と元の状態に戻りつつあった。 「一つ、訊いてもいいかい?」  ある日の晩、積荷を整理していた少年に、こんな質問をした時があった。 「その首の宝石、随分と特殊な材質をしているようだな。何処で手に入れたんだ?」  その途端、顔すら向けなかった彼の動きがぴたりと静止する。地雷を踏んだか……そう身構えてしまったものの、次いで投げかけられた少年の声音は何故か優しかった。 「……オレが寝てる間に調べたのか?」 「いいや。私の家系が商人でね、物の鑑定には自信があるんだ。その影響で、私物を大切にする想いも人一倍強い。たとえそれが水一滴であっても、骨であっても」 「なるほど。確かにアンタ、猫みたいに神経質だもんな」  冗談のつもりで言ったんだが──そう言いかけたものの、少年の横顔があまりにも悲哀に満ちていたせいで、寸でで呑み込んでしまった。普段の表情からは全く想像のつかない、寂しい横顔。 「オレの一族には、死者の形見に霊魂を詰めて遺族が引き取るという習性があるんだ。この宝石は、原生生物に喰われた母の唯一の形見だ。材質がどうとかは知らんが、魂は確かにここに入っている。判るんだよ、家族だからな」  そう語りながら、少年はぎゅっと宝石を握りしめた。その手元に向けられる視線はどこか儚げでありながら、年相応の柔らかい雰囲気が仄かに感じられた。 「……案外、似た者同士なのかもな。オレも、アンタも」  そう言ってこちらに向けられた視線は、すっかり鋭さを戻していた。 「己の呪縛を生きる目的だと錯覚して、狂ったように走り続ける。だからだろうな、こんな小恥ずかしい昔話を赤の他人に話せるなんて」 「それって、どういう──」  問い返そうとした、その時。  視界が、ぐらりと大きく揺さぶられた。  地震かと思い、開けたままにした引き戸の向こうを見やる。目を疑った。薄灰色の巨大な粘着質の皮が、視界全体を覆い尽くしていたのだ。船を優に超える程の巨体。魚に似た生臭さ。  私はこの怪物に、見覚えがある。
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