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今日は夕方からアルバイト先であるコンビニに出勤していた灯。
さっそく、レジに立っていた灯に虎柄の服を着たいかにも柄の悪そうな男が怒鳴り付ける。
「いいから土下座しろよ!土下座!」
男はレジ台の上をバンバンと叩く。
「土下座、ですか…?」
そこまでするほどの迷惑はかけていない。灯は思わず苦笑いをしてしまう。
「なに笑ってんだよ。ふざけてんのか!」
男の怒りの炎に油を注いでしまったのか、一段と声を荒げる男。
おしぼりが付いていなかった。男がそう言ってきたので、灯とは別のアルバイト従業員の女子高校生はすぐにおしぼりを渡した。至って普通の対応だ。その瞬間に男は「客を舐めてんのか」と彼女を怒鳴りつけたのだ。
怒り始めた虎柄のシャツの男性と後ろにはその仲間か子分なのか同じような風貌の2人も立っている。
見た目からして自分と同じくらいの年齢だろうか。灯はそう思った。
なのに一昔前の迷惑客のような怒なり方、別世界の住民か、もしくは未来であるこの世界にワープしてきたのか。欲しいならあげるのに。と、さっきから話を聞いてくれる様子もなく怒鳴り続ける彼らに困り果て、指先で頬を掻く白波灯。
彼は怒鳴る男の後ろに並ぶ客の顔を見た。並んでいる客は皆、迷惑そうに灯とトラ柄を睨みつけている。そんな顔されても…と灯はため息を吐きたくなった。
一言、みんな迷惑してるんだよ!って言ってくれたらいいのになあ。
「お兄さん高卒?」
苛立った様子の虎柄男が言う。
「大学生です」
「どこ大?」
個人情報流出。
灯は心底嫌だなと顔を引つらせた。
とりあえず、あははと笑って見せたが、虎柄は「バカにしてんのか」とまた、台を叩く。
今どきそんな態度で来られたら本人がバカにされにきてるとしか思えない。灯はまた困ったなあと息を相手にバレないように小さく吐いた。
「北東大です」
灯は渋々答えた。
「どこ?そこ」
虎柄男が言うと後ろにいたお仲間2人も「知らねえ」と口を揃えて嘲笑った。その様子を見ていた客たちは信じられないと言った様子で顔を見合わせた。
北東大学はここ日本でも偏差値の高い大学。灯の住む地方で、有名な大学といえば?と街の人に聞けば大半の人が答えるくらいには名が知られている。遠方からわざわざ入学する学生は後を経たず、しかも学校があるのはここから隣の県だ。
「こんなどこでバイトしてんだからFランのクソ大通ってんだろ」
それ以上喋るのはやめるんだ、妖怪虎柄男。灯は男の口を塞いでやりたくなった。
おばけには学校も試験もなんにもないって歌ができたくらいだ、きっと妖魔界から来たから大学なんてものも知らないんだろう。
虎柄男とその仲間たちをみる客の目が冷たい。
ここまで何も知らないとなると、かわいそうに思えてきた灯。彼らの人間性と知性が地に落ちるどころか、地球の反対へと突き抜けてしまわないうちに黙らせる方法はないのだろうか。
「親が無駄に金持ってる頭の悪いガキなんだろ」
これは困った、と内心思いながら灯は「あはは」と空笑いをした。
虎柄男は言葉のボキャブラリーが少ないのか怒鳴り初めと同じことをもう一度言うと、あれだけ欲しがっていたおしぼりも受け取らずに仲間立ちとレジの前から立ち去ってしまう。
いらないんかーい。
灯は店を出ている彼らの背中に向かって、彼らが今後、北東大学の世間の認知度を知ることがありませんようにと祈った。
散々待たせてしまった客たちの会計を済ませると、隣で同じくレジ、会計をしていた女子高生が「白波さん、すみません!」と灯の前で頭を下げた。
「ああ、大丈夫です。いきなり怒鳴られて怖かったよね」
灯は落ち着いた口調で言う。
虎柄男が最初に怒鳴ったのはこの女子高生で、怯えていた彼女の間に灯が割って入ったのだった。
申し訳無さそうに頭を上げた彼女の目は今にも涙を流しそうなほど潤んでいた。
「事務所で少し、休みますか?この時間なら俺一人でもなんとかなるから」
「はい」そう言うと彼女は目元をぬぐいながら店内裏の事務所へと入っていき、灯はそれを見届けると、レジ前で待っていた客の商品の会計を始めた。
数十後、無事気持ちが落ち着いた彼女は仕事に戻り、シフト終了時間まで仕事をして帰っていった。
レジにたっていた灯は盛大にあくびをした。
「疲れた?白波さん」
夜22時。シフト入れ換えでレジに入った先輩の社員が話しかける。
灯が店内の棚から持ってきた弁当の会計をする。
「最近寝不足で、」
目を擦る灯。
「今日、急遽シフト入ってくれてありがとうね。学校も忙しいのに申し訳ない、」
先輩は眉を下げた表情で灯に頭を下げる。
「ああ、そのぶんお給料が増えるので。ありがたいです」
灯は無理矢理笑顔を作って見せる。
「あはは、そっか」
すると先輩はレジ横におかれていたケースから揚げ物を一つ取り出し、灯が購入しようとしていた弁当と一緒にレジ袋にいれた。
「会計弁当だけですよ?」
レジの会計画面に表示されたのは弁当の金額だけだった。
「今日のお礼。後で俺が会計するから持ってって」
気を利かせた先輩が言う。
「ああ、すみません」
灯は困ったように笑う。
「あ、そうだ」と何か思い出したのか社員さんが言う。
「さっき、ここに来る途中、救急車を見たんだ」
「うわ、事故ですかね」
「それっぽい車が止まっていたから、かもしれないね。うちのコンビニの商品がちらばっていたから、お客さんだったのかなって」
「ええっ、本当ですか?」
衝撃的な話に灯は痛々しく顔を歪めた。
「うちのコンビニチェーン店だけど、この地域はそんなに店舗数ないからさ」
「うわあ、無事であることを願いたいですね」
「本当にね。まあ、そんなこともあったから白波くん、帰り道は気をつけるんだよ」
「わかりました。ありがとうございます」
社員さんは「お疲れ様」と言うと灯も「お疲れ様です」と返し、店を出た。
灯は先輩に軽く頭を下げると会計を終え、店を出た灯。
自宅に向けて歩き出すと、後ろから「おい」と声が聞こえた灯。自分ではないだろうと無視しているとまた「おい、お前だよ」と強引に肩を捕まれ後ろに引っ張られる。肩から乗り上がるようにしてでてきたのは、灯がバイト中に対応した虎柄男だった。
勤務以外で客に呼び止められたことに身の危険を感じた灯の表情がこわばる。反射的に後ろに下がった灯。見ると、虎柄男の横にはその仲間が二人と、男の手にはカッターナイフが握られていた。
刺される、そう思った灯は男たちを背に走り出した。
「おい、逃げんなバカが」
逃げる灯の背後から虎柄男の声が恐喝めいた声が聴こえるが振り替えることもなく灯は走り続けた。バイト先のコンビニは通りに面したところにあり、人通りもある。そんなところで刃物を出すなんて信じられない。
視界に青信号が点滅していた横断歩道が目に入り、とっさに渡った灯。同時に信号が変わり車が交差して走りだした。そこでやっと背後を振り返った灯。逃げきれたのか、諦めてくれたのか、虎柄男たちの姿はなかった。
一方その頃。
灯を追いかけていた虎柄男とその仲間たちは大通りから外れた裏道で笑い声をあげていた。
「あはは!あのバカびびってやがんの」
虎柄男が百円ショップで購入した偽物の包丁を刃先を持ちながら言った。
「いい気味」
「二度と俺に歯向かうなっつうの」
三人はそれはそれは楽しそうに人気のない裏通りを歩く。通りに並ぶ店はどれもシャッターが下ろされて明かりは信号の明かりのみである。
「そういや、あの女の子可愛かったよな」
虎柄男が仲間たちに言う。
3人のうち、仲間の1人が後ろを振り返る。
「胸もでけえし、痴女っぽかった。めっちゃ勃起したもん」
「高校生バカだからヤらせてくれそうじゃね?」
「あはは!犯すか!」
男性たちは笑いながらコンビニから一つ離れた裏道へと曲がった。
「ん?何?」
グループの1人が進行方向とは反対に、突然後ろを振り返った。
不思議に思った他の2人も立ち止まる。
すると、頭上から金属の犇めく音。その正体を知る間もなく、頭上から落下してきた大型看板が後ろを振り返った彼の身体を押し潰した。
一瞬にして人の形を崩した彼の身体。街頭に照らされ赤黒く照る血が広がる。
「あっ、救急車」
やっと言葉を発した男性。
「はやく、早く!」
1人がポケットからスマホを取り出す。
「あれ、なんで真っ暗、」
とりだしたスマホの画面は何も表示されない。男は横の電源ボタンを何度も押すが画面は何の反応もしない。
「さっき90パーあったのに」
その様子をみた彼も自分のポケットからスマホを取り出すが画面は同じように真っ暗だった。
「なんで…」
困惑する男。
「ああ、わかった!俺誰か呼んでくる」
隣にいた1人が勝手に頷くと男は落ちた看板の横を通り大通りへと飛び出した。直後、走ってきたトラックに横から跳ねられた。
その現場を見た通行人のゆむ悲鳴が響き渡る。
裏路地に立ち尽くす彼の姿を通行人が見つめる。
疑いの目。
頭の整理がつかない彼にはそう見えてしまった。
「違う、俺何もやってない!」
知らない青年の声が聞こえる。
「だから、やってないって!」
自分の人格を罵倒される言葉が止めどなく聴こえる。
虎柄男は通行人に向けていい放つ。
通行人たちは不信な目で彼をみる。
こっち見るな。見ないでよ。汚い。虎柄男の耳に言葉が聞こえる。
虎柄男は通行人から目をそらし、踵を返して走り出す。
口を閉じろ、吸うのやめろ。今すぐやめろ。
臭い。
気持ち悪い。
耳を塞ぐ虎柄男、耳元から知らない声がなりやまない。
お前が今まで生きていたせいで、灯くんが困ったじゃないか。
灯くんを困らせるやつは死ね。
さっさと死ね。
今すぐ死ね。
「う、うるさいっ!なんで…」
なんで耳塞いでいるのに声が聞こえるんだ。
走る虎柄男、ごみ捨て場が目に入った。ここまで走ってきた男は足を止める。
燃えないゴミ置き場には錆びた包丁が落ちていた。
今日はこの地区は燃えないゴミの日だったのかもしれない。
耳塞いでも聞こえてくる、言葉。
死ね。
死ね。
あれ?
死ぬの遅くない?
「うるさい!」
バカにするような言い方に聞こえ、とっさに言い返した男。
「うるさい!うるさい!」
虎柄男は声を振り払うように頭をぶんぶんと振り、錆びた包丁を手に握る。今の彼は刃物を自身に向けることよりも、言葉の主に対する反抗心のほうが勝ってしまった。
虎柄男はそのまま錆びた包丁の刃先を耳の穴へと突き刺す。何度も。何度も。
突然、糸が切れたかのように虎柄男の身体は燃えるゴミ側へと倒れていった。
その一連の様子を静かになった裏路地の角に立っていたひとりの少年が涼しい顔で眺めていた。
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