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『うん、あたし引っ越しがしたいの。
ここに頼めば大丈夫って聞いたのよ』
小さな子供……女の子だ。
お父さんお母さんはどうしたと言いたい所だが、違うのだ。これはいたずら電話じゃない。
すぐに分かった。
ああ、またかと。
「分かりました、すぐに向かいます」
真剣に困っている人からのSOSなら、本来我々の業務の範囲外の事でも、出来る限りの対応はさせていただく。マニュアルなんて知った事じゃない。
ここは顔見知りだらけの田舎町。ましてやお年寄りや子供のお願いを無下には出来ない。
義理人情を無くしてしまった田舎に存在価値などあるもんか。そうは思わないかい?
「村田課長、また引っ越しです。ちょっと行ってきます」
「またかね。もう入居者がいっぱいだな。拡張工事が必要かなあ」
上司に断りを入れて車で向かった先は市内の映画館。昭和の初めから続いていたが、つい最近閉館したばかりだ。
「市役所の人、でしゅか?」
電話の主、赤いスカートが似合う可愛らしい女の子は、その閉じられた入口の前で寂しそうに私を待っていた。
「みなさん、よろしくおねがいしまーす」
「こちらこそよろしくね〜〜」
そして引っ越しのお手伝いは一時間ほどで終わり、朗らかな彼女は私や先住人達ともすぐに打ち解けた。
「おじさん、ありがとー」
ぶんぶんと元気よく手を振る彼女に負けない様に手を振り返す。
良い仕事が出来て私も気分が良い。鼻高々である。
☆
「町田さん、ご相談があるのですが……」
そんなある日、隣の市の商店街の会長が訪ねて来られた。
味噌や麹等を扱う老舗の四角い顔の三代目は、いつの間にか白髪がやたら増えた様に感じた。
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