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百人に、一人も。
「ごめんね。高校、一緒のところ、行けなくなっちゃった」
初恋同士がうまくいく確率って、どれくらいだったっけ。思い出せないな。
「あのね、石川さんがお仕事の関係で……」
母さんの言葉を、何度も聞かずにきた、この数週間。
父さんと母さんと、今俺と話してる幼なじみ、さやのご両親は、同じ会社でほぼ同期。
家族ぐるみのお付き合いというやつで、明るくてかわいくて優しくて賢い、「なんでお前があの人と?」と言われること何百回(もしかしたらもっとたくさん)の、俺の彼女。石川さや。
「お父さんとお母さん、同じ県に辞令が出たんだって。もう異動がないはずだったから、戸建を購入したのに、ごめん、って。二人にすごく謝られちゃって」
会社の都合、っていうやつだよな。
分からないけど、分からないといけない。それは分かるんだけど。
「さやが一人暮らしして、週末は俺の家に泊まりにくるとかは?」
「家は会社が管理してくれて、定期賃貸になるんだって。もしかして、あっちに定住になったら、優遇して買い取ってもらえるんだって」
たぶん、さやも色々想像してくれていたんだ、きっと。
俺たちは、両親が共働き同士だから、家事はけっこうできる。
だから、もしかしたら。なんて思ってしまったんだ。
俺の家に下宿、は難しい。
さやの家は戸建。俺の家は分譲賃貸だ。
それに。
「弥一のお父さんとお母さん、まだ……」
「うん」
さやのご両親よりも若い俺の両親は、まだ異動があるかもしれない。だから、賃貸に住んでいるのだ。
両親が働いてくれているから、生活できる。
それに気づかない、気づかないふりはしないし、できないくらいには成長しているさや。
そういうとこも、好きなんだよ、悔しいけど。
「……なら、さあ。引っ越し、したらいいよ」
「え」
なんでそんなことを言うの、って、さやの目が言っている。
「違う違う、さやが思ってるのとは、違うよ。今は、おうちの引っ越し。だから、いつか、俺のところに引っ越してくれよ」
「それって」
さやの顔が、少しだけ赤くなった。
そうだよ。そういうこと。
「ああ。まだ難しいけど、俺たち、家族ぐるみのお付き合い、ってやつだろう? 大学生、社会人? とにかく、いつか必ず、俺たちが一緒になれる引っ越し、したらいいんだ。一緒に頼もうよ、俺の父さん母さんと、さやのご両親にさ」
そうだ、思い出した。
「さや、知ってた? 初恋成就の可能性。百人に一人なんだって。だから、百人に一人しか、じゃなくて、百人に一人も、にしよう。俺たち二人で。だから、今は引っ越して。そして、いつか、必ず」
「……弥一、ありがとう。そうだね。百人に一人も。できるよね」
「できる。必ず」
俺たちは、いつの間にか、手をつないでいた。
そう、一人じゃなくて、二人で。
今つないでいる俺たちのこの手。
少しだけ、そう、離れるのは、少しの間だけ。
だけど、絶対にまたつかんでみせるから。
「必ず」「うん」
離れても、離さない。
そう、いつか、必ず。
二人で、なってみせるから。
百人で一人も、に。
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