引っ越しちゃった

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                      日曜日の午前10時にインターフォンが鳴る。  お父さんが応じ、作業服姿の男性が二人、リビングに入ってきた。 「荷物はこれだけですか?」  衣類や生活用品を詰めたダンボールが10箱。リビングに所狭し、と置かれている。 「はい」  お父さんの返事を合図に、作業服の男性がダンボールを運び出す。 「お姉ちゃん……」  荷物を運び出す様子を廊下で見ていた私に、二階から降りてきた妹が寄って来た。妹は小学5年生、私より三つ下。  不安げな妹の顔を見ているうちに、荷物はすっかり運び出されていた。 「野乃花(ののか)菜々花(ななか)」振り返ったお父さんは、「元気でな」  と、私たちの頭を撫でて、玄関を出て行った。  ドアが閉まる。  本当に引っ越しちゃった──  両親が離婚して、お父さんがこの家を出て行くことは聞いていた。引っ越しの準備も見ていた。クローゼットからお父さんの服がなくなるのを。リビングからお父さんの鞄やPCがなくなるのを。だからお父さんが引っ越すって、知っていたはずなのに……  私と妹は思わず、手をつないで扉の閉まった玄関を見ていた。  どのくらい、見ていたのか分からない。突然、扉が開いて、 「ただいま。お昼ご飯、買って来たよ」  お母さんが帰ってきた。エコバックを手に、リビングからキッチンに向かうお母さんに、 「お父さん、引っ越したよ」  妹がまとわりつく。  お母さんは、「はい、はい」と言うだけだった。  お父さんが引っ越して、お父さんの荷物が何一つなくなっても、この家はいつも通り時間が過ぎていった。いつもの休日。妹とゲームをしていたら、お母さんが夜ご飯を作って、三人で食べ、お風呂に入った。  なあんだ。何にもかわらないんだ。 「野乃花、いつまで起きてるの? 菜々花は、もう寝たのに。野乃花も早く寝なさい」  いつものようにお母さんに言われて、寝る準備をする。  歯を磨くために洗面所にいった。歯ブラシを取ろうとした手がつい、止まる。  そこに、お父さんが今朝まで使っていた歯ブラシがあった。
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