田中合戦記

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 田中建治(けんじ)は二十八歳のニートである。父親は日本で知らぬ者のいない大金持ち、田中天子(てんし)だった。  建治は天子の別荘である大豪邸に一人で住んでいる。元々は実家で暮らしていたが、働け働けと(うるさ)い父から逃れるため、この邸宅に引越してきた。邸宅は三階建ての洋館で、学校の校舎程大きく、庭はグラウンドと同じくらい広かった。  お小遣いも毎月貰っていたので、建治は働かずに一人のんびりと暮らしていた。しかし、その平穏は突然破られた。  ある日、家に誰かが尋ねてきた。玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ家族が立っていた。夫婦らしき男女と二人の子供がいる。  女が言った。 「はじめまして。今日からここに引越すことになりました。林と申します。よろしくお願いします」  寝耳に水だった。建治はすぐに尋ねた。 「引越す! ここに?」 「あら、お父様に聞いていないんですか? 住む所が無くて困ってるって話したら、天子さんがここに住めばいいっておっしゃたので」  父が大のお人好しであることは建治も知っていたので、林夫人の言葉をすぐに信じた。 「そうだったんですか。使ってない部屋がたくさんありますから、好きに選んでください」 「まあ嬉しい。ご子息もお優しい人でよかったわ」 「どうも」  言葉とは裏腹に、建治は平穏が破られた事に腹を立てていた。だがニートである建治に、父に逆らう権限は無い。おとなしく従うことにした。  その日から、建治は林家と同居することになった。  このまま居候(いそうろう)が増えなければいいのだが、と建治は不安に思っていたが、その不安は現実となった。次から次へと新しい家族がこの家に引越してきた。  父が許可を出している以上、入居者を追い払う事はできない。だからといって父に抗議しても、「じゃあ実家に帰ってこい」と言われるだけだろう。  建治は我慢するしかなかった。そして、林家が越してきてから一年が過ぎた頃には、部屋がすべて埋まり、同居人の数は三百人に膨れあがっていた。  そうなると家族間に軋轢(あつれき)が生じ始めた。今まではトイレや浴場、台所などの共有スペースの掃除は、それぞれの家族が役割分担して行ってきたのだが、同居人が増えていくと、今まで通り掃除をこなす家族と、何もしない家族の二分化が発生した。当然、掃除を負担する家族から不公平との声が上がる。  そこで、建治は問題を解決するため、掃除を負担していない家族にだけ家賃を要求する事にした。これにより不平を唱える家族はいなくなった。  建治は多額の家賃収入に狂喜乱舞し、これならもっと同居人が増えてもいいな、と思い始めた。  それからというもの、建治は家賃を使って豪遊した。人の欲とは限りが無いもので、遊び飽きると更に金を欲するようになり、いつしかすべての家族に家賃を要求し、その額は日毎に増えていった。  そうなるとさすがに家を出て行く家族が出始める。当然、家賃収入は減った。そこで、建治は家賃をより多く取る方法を考えた。階級制を導入し、家族を家賃の支払い額に応じて分類したのだ。  一番多く家賃を払っている家族は建治と同じ三階に住み、すべての家事から解放される。掃除だけではなく、洗濯や料理などの家事全般を一番下の階級の家族に押しつけることができるのだ。  二番目に多く家賃を払っている家族は二階に住み、自分達の分だけ家事をすれば良い。  そして、少ない家賃しか払わない家族は一階に住み、三階住みの家族の家事を代わりにやらなければならなかった。また、共有スペースの掃除はすべてこの家族に一任された。  住民は住む階層ごとに「三階者(さんかいもの)」「二階者(にかいもの)」「一階者(いっかいもの)」と呼ばれるようになった。  この階級制は見事に成功した。三階者の家賃は、他の賃貸の相場の二倍だったが、家事を一階者に任せられる事と、何よりも特権階級としての優越感を味わえるという事で、喜んで家賃を払った。  また、二階者は家賃が相場より少し安かったので、文句を言わなかった。  そして一階者はというと、自分達の待遇に不満は大きかったが、家賃の額は相場の半分だったので、文句を言えなかった。  階級制が上手くいくと、建治は家主(やぬし)の立場を笠に着て、一階者を奴隷扱いするようになった。気に入らなければ暴力を振るい、美女を手籠(てご)めにすることすらあった。三階者も気が大きくなり、一階者に傲慢(ごうまん)な態度を取った。  一階者には不満が溜っていき、ある日の夜、状況を打開するための密談が開かれた。
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