佐々山電鉄応援団 第1巻

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第一章 鈴木優  小学五年生の時までは、僕は学校にも友達も居たし、勉強も運動も普通だったと思う。  僕の家は、前橋市の広瀬川沿いにあって両親と妹の麻友と四人で生活していた。  小学校に入ってから、夏休みに僕は一人で榛名山の中腹にある佐々山町の叔父の家に一週間くらいホームスティするのが楽しみだった。  叔父夫婦は、佐々山電鉄小湯線の地獄沢駅前で小さな温泉ホテルを経営していた。  叔父夫婦は子供が居ないので、僕が滞在中は我が子のように大事にしてくれた。  僕が、小学三年生の夏に、地元の同年代の女の子と知り合った。  僕は、電車が好きで叔父夫婦の家に行くとホテル前の地獄沢駅という無人駅から一駅先の渋沢駅まで行って電車の往来を眺めるのが楽しかった。  その地元の女の子も鉄道が好きらしく、最初は互いに声も書けなかったけど、次第に話をするようになり、その子の家に遊びに行く仲になった。  それが佐藤美佳ちゃん。今は親友だ。  当時の美佳ちゃんは男子みたいで、美佳ちゃんは僕を女子だと思っていたらしい。  ただ、当時から美佳ちゃんは言語障害という訳では無いけど、「はい」って言葉だけ「ほい」って聞こえてしまう。    小学校五年生の夏に、叔父夫婦に同い年いの女の子を紹介された。子供の居ない叔父夫婦は養女として施設から愛理を里子で預かる事になった。  初めて白いワンピースを着た愛理という美少女を目の前に、僕は一目ぼれしてしまった。愛理が僕の初恋の女性になった。  叔父夫婦は「愛理は優の従姉妹になる。親戚だから変な気を起こすなよ」と注意を受けた。  愛理は、当初は僕だけでなく、妹の麻友とも話をしないし一人遊びが好きな女の子だった。 でも仲良くなりたいと思った。  一度だけ、愛理が僕に不思議な話をした。 小学校六年生の夏。  僕が、美佳ちゃんを叔父の家に連れてきて鉄道模型で遊んでいた時に、愛理は物凄く不機嫌で、あまり感情を表に出さない愛理にしては珍しいと思っていた。  その日の夜に愛理は僕の部屋にパジャマ姿で枕を抱えて入ってきた。  小学六年生という時期は、僕の学校では男子と女子は仲が悪くて、まして女子と仲良くすると周囲から揶揄われるような状況だった。でも、相手は初恋の女子。 「優ちゃん。少し愛理の話を聞いて」とお願いされた。愛理は僕の布団に入ってきた。  それは、愛理の身の上話ではなく、小湯山には地底に隠された秘密基地があって愛理は、その基地を守る為に叔父夫婦の家に養女としてきたというのだ。  愛理が言うのには、小湯山の地底基地が悪の組織に渡ると世界戦争の切っ掛けになるので日本政府とアメリカ政府はは必至で抑止しているという三流小説みたいな話を聞かされた。  愛理は、話が終わると僕の横で寝てしまった。僕も、寝てしまった。  朝起きると愛理は居なくて、僕は寝ぼけ眼で「夢?」と呟いた記憶がある。  そんな不思議な体験から、叔父の家の裏手にある小湯山と、その小湯山を貫く佐々山電鉄小湯線のトンネルが気になって仕方がないのだ。  ― 中学生 ―  僕は、地元の公立中学校に通う。  ちょうど中学一年生になる前の小学校を卒業したばかりの春休みに、地域の公共交通とまちづくりのイベントがあった。  僕は、鉄道が好きだったので参加した。  生まれて初めてシンポジュームという講演会を傍聴した時に、交通経済学者の雨宮教授が、京子という小学生の娘を連れてきていた。  容姿の整ったクールな美人系の美少女の愛理とは別の、可愛い系の美少女だ。  ただ、僕を魅了したのは大人顔負けの天才少女で、可愛らしい容姿とは異なり専門用語や相手を納得させる知識量は、衝撃的で、カッコいいと感じた。 それは僕の人生に大きな影響を及ぼした。  その日から、雨宮京子みたいになりたいという気持ちが強まり、雨宮京子が僕の目標になった。  でも、何処から始めれば良いのか解らない。  とりあえず、前橋市内で活動している交通問題や課題を考える市民団体に入った。  その市民団体に関わって居る高崎交通経済台が大学の中島先生から「まずは数学だね。ミクロ経済とか、データの処理などで数学が基礎になる」とレクチャーを受けた。  あとは実務や法令、その地域の地方自治体や市や町が定めた交通関係の計画に沿って何が出来るか、何をするかを考える手法から、地域課題や問題を仮説を立てる。  そういう事を雨宮京子は出来る。  中島先生は「中学一年生にして京子ちゃんは出来てるんだよ。親の七光りではなく彼女自身が本物だから周囲が騒ぐんだ」  中島先生は「鈴木君はインスタントハッピーカンパニーって知ってるかな?」と聞いてきた。 「外国の企業が世界中の各分野の天才高校生を集めてるって認識程度ですけど」 「京子ちゃんも誘われてるらしい」 「でしょうね」 「私はインスタントハッピーカンパニーって個人的には嫌いだが、研究所に入所した後のカリキュラムには興味がある。鈴木君さえ頑張る気があれば、その高見まで私が基礎から教えて京子ちゃんに近いレベルまで持っていく事はできるが……」  そんな経緯で僕は、中島先生のレクチャーを受ける事になった。  あれから一年。  良く判らないけど、自分のレベルを試したい気持ちがあるけど、周囲に試せる相手は存在していなかった。  交通政策とまちつくりの件以外では、僕には悩ましい身体の問題が出てきた。 ある女子グループから「鈴木って女子みたいでキモイよね」という発言。  自分では気が付かなかったけど小学校の時から、周囲は気を使って僕に聞こえないように配慮してくれていただけで、僕は第三者から見ると女の子にみえるらしい。  よくよく考えれば、美佳ちゃんも最初は僕を女の子だと勘違いをしていた。  妹の麻友ですら「他人から指摘されないと自分では気が付かない事もあるよね」と言った。とうぜん両親も「小学生の時は少しくらい女性的でも誤魔化せるけど、中学生にもなるとダメか。イジメの対象にならないと良いが」と心配した。  その両親の心配は、既に始まっていて特に女子の間では、「可愛い男子」と僕を受け入れてくれる女子と、「気持ち悪い男子」として僕を迫害する女子に二分している。  特に、女子の先輩は、僕にスカート履かせたいという。男子の中でも可愛ければ男でも良いという変態的な事をいう先輩も居た。  それは学校だけでなく、当然ながら普通に街を歩くときでも差別的な事をされたり、すれ違いざまにボソッと悪意のある言葉を履かれたりするのは辛かった。  もともと、制服でもジャージでも通学も授業も受けられるので、僕は制服着用の日以外はジャージで過ごす事が多かった。  特に、水泳の授業や公共の風呂、海水浴など身体を他人に見せるのは精神的に苦痛で、僕は極力避けていた。  妹の麻友は、小学校5年生で生理が来たけど、僕は中学二年生でも精通が無い。  代わりに、最近では少しだけ胸が腫れてきたというか、女子みたいにツンと張った小振りな胸まで膨らみ始めてきた。  さすがに、医学的になんかしらの異変が僕の身体に存在しているのではと思い始めた。ホルモン的な異常かも知れない。  六月から学校の体育で水泳の授業が始まる。  確実に、イジメがエスカレートする。  それまでには、医者か両親に相談しようとは思っているけど未だに出来ずにいた。
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