佐々山電鉄応援団 第1巻

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 両親と麻友は15時30分まで近くの河原に湧く天然の露天風呂に入るらしい。  時計を見ると12時30分になっていた。  ホテルマン達が、会議室用の長テーブルとパイプ椅子を用意している。  宴会用のボードに”第34回 雨宮教授と京子ちゃんと一緒にコンパクトシティと公共交通を考える勉強会”という会議名の紙を貼り付けている。 「本当に愛理の言うとおりだ」と僕は心が躍った。  受付が始まる。 著者近影でしか見て事の無い雨宮先生。  その後を雨宮京子が歩いてくる。  いろいろな人達が雨宮教授を取り囲み談笑しだした。  美少女は、白のワンピースに頭に大きなリボンを付けていて軽くソバージュを掛けた髪。リボンが揺れている。 つまらなそうな顔をしている美少女は、僕の方を見ている。 そして、つかつかと歩み寄ってきた。  美少女が覗き込んできた。 「もしかしてグリスロ?」グリスロとはグリーンスローモビリティの略称。 「アタシは雨宮京子。お名前は?」 「鈴木優だよ」  雨宮京子は対面ではなく僕の隣に座る。 「ちょっと見せて」と資料を僕から奪い取った。  フムフムと納得しながら資料を捲った。 「グリーンスローモビリティって、鈴木さんはどう思う?」 「地方の電車やバスの無い地域で、駅やバス停までのファースト・ラストワン マイルに使うならモビリティハブを作って家の近所から短距離移動の手段ならアリかな」  雨宮京子は、おっという顔をになって僕に質問をしてきた。 「例えば?具体的に」 「田舎の高齢者で、地域にバスや電車などの移動手段が無い場合は自分で自動 車を運転して移動する訳だよね。事故を起こしたり、自動車の維持管理費のリスクやコストも考えるとグリスロは必要だと思う」  雨宮京子は、少しガッカリした顔をした。 「一般論ね。鈴木さんなりに何か考えは?」  僕は慌てた。  既に発刊されている政府刊行物、書籍に掲載されているような内容では、この天才を満足させられないようだ。  交通政策関連では、僕の薄っぺらい知識では勝ち目はない。  雨宮京子の得意分野以外で、何かを提言しないとに話が終わってしまう。 「例えばグリスロを地域住民の生活移動だけでなく持続可能な状態で資金や導入後の費用を確保するために、観光に使うのも手だと思うんだ。オーバーツーリズムとか着地型観光とかで田舎めぐりとか農村体験の民泊とかでの小移動もグリスロで」  京子ちゃんは、意表を突かれたような顔をしてから笑顔になった。 「あー。今の日本のグリスロって、あくまでも手段の筈だけど導入が目的化して通常にグリスロが普及して補助金なしで持続させる処まで論議されていない地域が多いから。フムフム。なるほど。良いわ」  まるで久々に自分を満足させてくれる好敵手でも現れたかのように畳みかけてきた。 「でもさ。現実には日本では普及が難しくない?海外ならアリかもしれないけどさ」  負けず嫌いなのか性格なのか解らないけど、相手の意見に対して相手が降参するまで禅問答を続けそうな感じだ。  僕達のトークバトルに周囲の大人達が集まってきた。  「京子ちゃんと対等に会話してる女の子。凄いよ。京子ちゃんのマジな顔ってなかなか興味深いねぇ」 「中学生の女の子同士の会話にしては、可愛くない会話だねぇ。聞いている私達は大いに愉快で可愛い討論だけどねぇ」  僕と雨宮京子の周囲には大勢の学者や有識者らしいスーツの人達が中学生らしくない会話を傍聴して笑っている。  京子ちゃんは、一番怖い質問を僕にしてきた。 「じゃあさ。その地域の人が自動車に乗るのを止めて公共交通に乗り換えるだけの仕掛けと魅力が無いと根本的に話にならない訳よね。絵に描いた餅よね」  ニコニコしながら美少女は質問してきた。これが出来たら交通問題なんか起きない。会話を終わらせる最終兵器だ。 「魅力と乗り換えを行おうとする動機付けが弱いのよ。アタシも手段が解らない」  最終兵器の終わらせ方は「手段が解らない」だ。 ようやく解らないという台詞が雨宮京子の口から出てきた。  雨宮京子は、ニコニコしながら 「アタシに解らないって言わせたの二人目よ」  取り囲んでいる学者達は大爆笑して手を叩いたり賑やかになっていく。  雨宮教授が「はいはい。そこまで!いやいや中々のプレゼンだね。可愛い研究者達に皆さん拍手」と僕と京子ちゃんを称えた。  日本で有数の学者や有識者に拍手をされ雨宮京子はスカートの裾を摘まんで一礼している。  雨宮京子は、楽しい会話の時間を満喫したかのような顔になった。 「同年代でアタシと対等に会話が出来る子って二人目よ。友達になって。良かったら今日の勉強会にも来ない?」  ポシェットから、名刺を取り出して僕に渡してきた。  クスっと笑い余裕顔で「興味があるなら13時からホールに来て。入れるように手配するから」 「僕は15時30分には帰らないとダメなんだ」 「また僕って言った。女の子なんだからぁ。それ直した方が良いよ」 「あっ……うん」 「大丈夫。勉強会は16時までだけど後半は質疑応答だけだから、基本は15時で終わるわよ」 「コンパクトシティ?」 「うふふ。来たら解るわよ。えーと名刺。受付で見せれば入れるよ」 スキップして会場に入って行った。  ホールに向かうとスーツ姿の人ばかり。  ネクタイが無ければ入れないような立派なシンポジウムだと解った。  受付。  スタッフが来場者確認や資料の入った封筒、首からさげる名刺ホルダーを渡している。  僕が会釈して受付の前を素通りしようとしたら受付の人に止められた。  場違いな中学生が紛れ込もうとしていれば呼び止められるのも仕方が無い。 名刺を見せたら「失礼しました」と深々と謝罪され、携帯電話で何処かに連絡をしてくれて通れた。  最近のホテルは、昔みたいな畳敷きの大宴会場と違い、会議や披露宴、簡単なシンポジュームに使えるようなホールが用意されている事が多い。  天井にはシャンデリア。綺麗な装飾の壁紙に一段程度高いだけのステージ。  パワポのスライドを投影できるスクリーン。  パイプ椅子よりは少しだけクッションの良い椅子。  今回は来場者60名くらいの小規模な勉強会らしいのでテーブルもある。  殆どの人はノートパソコンを持ち込んでいるので、急遽参加が決まった僕は 手持ちぶさたになってしまうだろう。  (何処でも座って良いのかな?指定席なのかな?)  違和感のあったワンピースも慣れると気にならなくなってきた。  むしろ、雨宮京子の来ているミニのワンピースの方が短すぎて気になってしまう。  背後で、コソコソと「京子ちゃんのお友達かな」「さっきの女の子だ」とか会話が聞こえてきた。 「さっき京子ちゃんと討論していた子だよね。名刺持ってる?名刺交換しようか?」と声を掛けられた。  20歳代半ばのモデルみたいな綺麗な女性。 「僕……私はぁ。鈴木優です。えーと名刺はありません」 「どういう感じで此処も勉強会を知ったの?」 「えーと。お父さん達と妹と温泉に来てぇ。あと従姉妹も来て……」 (さて愛理の事は国家機密だから言わない方が良いのかな?)  むしろ、相手の方がクスクスと笑い出し「そうなんだぁ」と話を終えてくれた。  「はい。名刺。この先、なんかの縁があればスカウトに行くかもね」  名刺にはインスタント・ハッピー・カンパニー研究所日本支社長の肩書きが書いてあった。  雨宮教授と京子ちゃんを見つけると「今日こそ。ウチにスカウトしてやるわよ」と意気込んで掛けだした。  どうやら僕は、暇つぶしに話しかけられただけのようだ。  愛理が言った通りで、僕は眼中には無いらしい。  背後のスーツ姿の男性達は「またインスタント・ハッピー・カンパニーか。懲りないな」と失笑している。 「恒例行事だな。京子ちゃん狙いだけど雨宮教授は断り続けているらしいからな。無駄な事だよ」 「究極の青田買いか。お呼びじゃないよ。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所め」  ホテルマンが駆けつけてきた。  インスタント・ハッピー・カンパニー研究所日本支社長という女性は、ホテルマンと一緒に外に出された。  司会の女性が「えーと皆さんは所定の席にてお待ちください」  僕は困っていると、京子ちゃんが「こっち。特別席。アタシも隣だよ」と手を引いてくれた。  よりによって最前列。  「パパ。鈴木さん」  僕は、改めて挨拶をした。  雨宮京子は興奮していた。 「13歳です。中学二年生」 「ウチの京子は12歳。中学一年生だよ」 「資料を貰って中を確認しましたか?」 「コンパクトシティの討論会なの?第34回って?」 「毎回テーマは変わりますよ。三ヶ月に一回のペースで気心の知れたメンバーだけの勉強会なの」  雨宮京子は「アタシの事は京子で良いです。アタシは優さんってよびますね」  僕は雨宮京子の事を京子ちゃんと呼ぶことにした。  椅子に座り、渡された資料の入った袋を開けてみた。  A4版のレジュメと、パワポの説明資料、そしてガチャ玉で止められた討議資料。  ”第34回 雨宮教授と京子ちゃんと一緒にコンパクトシティと公共交通を考えるシンポジウム”  資料を捲ると、さすがに第34回という開催の数字どおり僕の知っている内容を遙かに超越した領域。  地域の人口減少を解決する他の地域の事例、空き家問題、地域移住などの討議用資料。 「凄いな。貴重講演のあとに4チームに分かれてワークショップかぁ」  僕は、コンパクトシティという名前と概要程度しか理解していない。  その後、基調講演が始まり、アシスタントでチョコンと座る美少女が雨宮教授のサポートをしている。  京子ちゃんが、串に刺さった”みたらし団子”の大きな縫いぐるみを抱えて居る段階で想像はしていた。  冒頭では、やはり富山県富山市の”オダンゴと串”という業界では有名な成功例を取り上げた。  でも、雨宮教授も他の参加者も既に誰もが知っていて当たり前の事例。  あえて、参加初心者の僕や、新たに人事異動で交通政策の部署に配属された行政担当者に向けた説明らしい。  4月というタイミングなので、勉強会に参加する行政マンも転属先の新しい勉強が必要との話をしている。  京子ちゃんは、退屈そうに基礎的な説明をする雨宮教授の隣で、オダンゴの 縫いぐるみをクッション代わりにして暇そうにしている。  この手の、会議やシンポジュームは本来なら、ある程度の基礎知識がある人が多いので、いきなり充て職で参加してしまうと物凄い専門的な会話や専門用語が飛び交い、置いてきぼりな状態になる事があって、雨宮教授は行政の絡み意外にも、新しく大学生になった学生にも丁寧に説明をして地域の人口減少や少子高齢化、中心市街地活性化などが過去のデータから報告され、一部では海外の取り組みや富山県富山市の事例などが報告された。  「コンパクトシティやスマートシティでの成功事例は、あくまでも偶然の産物です。その地域や特性などを調査しないで成功事例を真似するだけでは間違いなく失敗します」 僕には、その言葉が一番胸に刺さった。  休憩を挟んで第二部。  僕は、男子トイレに入ろうとして京子ちゃんに叱られた。  むしろ、女子トイレに入る方が僕に取って世間的には叱られる話なのだろう けど。  トイレを済ませてパンツを上げる。  男子ならズボンを穿くべき処を、ただスカートという薄い布で覆う。  京子ちゃんが、化粧台の前で待っていて「行きましょう」と女子トイレを出た。  スカートという布一枚で、人前を歩くという行為が意外と恥ずかしい事に気がついた。  再び会場に戻ると、基調講演の時とレイアウトが変わっていてテーブルと椅子が4つの班に別れていた。  ワークショップは4チーム。  行政的な視野から、広がりすぎて薄っぺらい地方都市の”まちのたたみ方”を検討するチーム。  郊外に展開した自動車を中心とした住宅形成、商業施設乱立と中心市街地商店街の衰退を検討するチーム。  土地を有効活用する視点からの空対策対策、地域エリア外からの移住やまちの魅力を検討するチーム。  そして僕が参加した交通を軸とした鉄道・バスを利用し、かしこくマイカーを使う事を検討するチーム。  京子ちゃんも僕と同じ班だった。  座長は、各参加者の自己紹介をさせた。 「京子ちゃんのお友達?」 「中学生なの?」  僕は余計な事は言わずに必要最小限のプロフィールを喋った。  テーマは、移動しやすい街。  交通ジャーナリストが挙手をした。 「自動運転の無秩序な技術だけの開発は、単に無人バスがゴーストタウンを走 るだけになる。取り組むのは街の回遊性だな」  今度は大学の教授が反論した。 「無秩序なものか!人件費やバス運転士不足を考えれば、今から技術開発と法令整備をしないと間に合わない・技術ありきだ」  喧々諤々の喧嘩みたいな口論になって、周囲が止めに入ったりと、白熱した討論を皮切りに。  行政関係者が「富山県の事例をですね。参考にしてですね」とデータを出して説明を始めたり。 「LRTって簡単にいうけどさ。財源は?住民理解は?」と批判的な意見を言う人もいたりする。  でも、それぞれの意見を尊重して、自分の意見も聞いて貰おうとする姿勢に僕はカッコ良いと感銘を受けた。 「京子ちゃんはどう?」座長が意見を催促してきた。 「市町村合併だけでなく、自動車主体のまちつくりを進めていた地域は簡単に移住や交通網沿線の集約化は無理ですよね。ならば良好な行政サービスが難しい、本来なら中心市街地の空洞化とかで財政上の問題。固定資産税とか?」 (おいおい。中学生が凄い事を言ってるけど……京子ちゃんって麻友と同じ12歳だよね) 「鈴木さんは?」  僕は焦った。  慌てて「えーと僕の住んでいる前橋市ですけどぉ。いま京子ちゃんが言っていた中心市街地の空洞化で面白い事例があります。マチスタントという名称で”まちなかの有休不動産を活用する”という内容で、まちなかで出店したい人と有休不動産所有者をマッチングさせる取り組みです」  挙手が数人でた。  さすがは、著名な有識者達。 「それ良いよね。前に前橋市の市長さんが資料を送ってきてくれてね。めぶくって表紙に書いてある奴」 「にぎわい商業課商業振興係だっけ。一度名刺もらって説明を受けたよ。うん。そうか。一度、前橋市に視察にいかんとなぁ」  そう、僕程度の知識は既に先生方や他の行政の人は知っていたり、自らが調査対象にしていたり新しい情報ではないらしい。 「鈴木さん。中学生なんでしょ。凄いね。レポートみたいなのはある?」  僕は知識として知っているだけで、大学の先生みたいに視察に行こうとか、資料を取り寄せて研究はしていない。 「ありません」 「鈴木さんは、何処でそういう知識とか情報を得てるのかな?」 「前橋市の市民団体でぇ」と行っただけで、全員が「おー。高崎交通経済大学の中島さんの!」と意味が通じてしまう。  京子ちゃんですら「中島先生の秘蔵っ子なら納得だわ」と腕組みをして偉そうに頷いている。  会議が白熱してしまい15時を過ぎても15時30分前での会議が終わる感じは無く、雨宮教授も雨宮さんも忙しそうで僕は勝手に帰ることも出来ずに困っていた。  ジェスチャーで雨宮さんが、両手を合わせてゴメンナサイとポーズをして頭を下げると、バイバイと手を振った。  このまま帰れと言う事らしい。  濡れた服は、中途半端に温泉の硫黄臭が抜けなくて、家まで愛理の服で帰宅する事になった。
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