佐々山電鉄応援団 第1巻

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 第3章 佐藤美佳   中学二年生の夏休み。  前橋市には、いじめ対策専門チームがあった。  派遣されたソーシャルワーカーにより、「学校に通うのが辛ければ行かなくても良い。家の中に居るより社会貢献活動をして気分転換したら少しは自信と目的が生まれるかも知れない」と言われ、前橋市内の交通とまちつくりの市民団体で暫くは地域の為に頑張ればどうかと言う。  もともと、市民団体には入っていたけど今回は、もっと専門的で大きな組織。  大人や大学の学生さんと一緒に前橋市の中心商店街活性化や交通網の整備などのアイデアを考えたり、行政に対する提言などの手伝いをした。  「優くん凄いね」と褒められて嬉しくない筈が無い。  大人達に混じって、僕は自分の居心地の良い居場所。  でも、その居心地の良い場所は、相当な勉強と努力をしないと居させて貰えない場所でもあった。  単なる、ボランティア的な市民団体ではなく、専門的で科学的根拠のある交通政策とまちつくりを実行する。  やはり高崎交通経済大学の中島先生の言う通り、ミクロ経済とか数学的な計算、データの調査や読み取り、パーソントリップ調査を基に適切な交通網を研究してマイカーに頼りすぎない地方都市の交通網の再考などを担当した。  中学二年生で理解できる内容は少ない。計算の基礎である数学を学ばないと何も出来ない。  登校拒否という手段は、僕には不利益しか無い。    そんな時に、美佳ちゃんが湯の華饅頭を片手に前橋の僕の家に来た。  花柄のワンピースを着た美佳ちゃんに僕は驚いた。 「優は、こういうの好きなんだろ」 友達の早苗ちゃんに服を借りたらしい。 「ちょっと相談だがある」と美佳ちゃんは真顔で僕に饅頭を差し出した。  愛理に、僕の家の住所を聞いたらしく、佐々山電鉄に乗って沼川駅前から路線バスに乗りかえて来てくれた。  普段は制服のスカートしか履かない美佳ちゃんは、僕の部屋で胡坐を掻いて座る。 「愛理に聞いたよ。新学期から佐々山中学校に通うんだってな」 「うん」 美佳ちゃんは「そこでだ。相談だ」と腕組をする。 「聞いていると思うが、佐々山電鉄小湯線が廃線の危機だ。当然ながら優のオッサンのホテルも電車が走らなくなると困るだろ。佐々山町も渋沢町もピンチだ」  僕は「知ってるよ」と回答した。 「なら、話は早い。応援団に入れ」 「応援団?」 「そうだ。佐々山電鉄応援団」 「佐々山電鉄応援団?」 「私設だ。アタシが団長を務める」 「うん」  美佳ちゃんは「でもな。署名活動をしようにも誰も署名してくれないし、署名が集まっても何処に出すかも知らない。あとなんか難しい話を渋沢町の神園さんっていう交通政策課の姉ちゃんが言っていてアタシじゃ解らない事ばかりって訳だ」  僕は「うん。個人だと難しいよ。ちゃんと行政や団体、鉄道会社との交渉も必要」  美佳ちゃんは「そこで優は、そういうの得意だろ。是非とも佐々山電鉄応援団のブレインになってくれ。これはスカウトだ」  僕は、思わない場所からのスカウトに思わず笑ってしまった。  美佳ちゃんは「考えておいてくれ」と言い残し帰って行った。  麻友は「あの子。渋沢の鉄道大好きなお姉さんだよね。無理してスカート履いてくるなんて意外と可愛いよね」と笑っていた。  翌日、驚いたのは佐々山町の町長が僕の家に訪問してきた。美佳ちゃんが僕の事を喋ったらしく小湯線関係で相談に来た。  麻友が「凄いね。町長さんが直々にお兄ちゃんに相談に来たよ」と驚いていた。  ソーシャルワーカーの先生が僕に言った。 「優君を要らない人間と馬鹿にして見下している場所で、このまま落ち込んでいる暇があったら、優君を必要としてくれる場所、そして待っている人達が居るのなら手を貸してあげなさい」  僕は、親元を離れる決心をした。 美佳ちゃんに応援団の加入を伝えた。      ♢  夏休み明けに愛理の家から榛名山の中腹にある佐々山町の中学校に通う事になる。  時々、僕は佐々山町に拠点を移す前に佐々山町での生活に慣れるように愛理の家に泊まりに行っていた。   元は夫婦とも航空自衛隊の隊員で、現在は予備自衛官。  叔父達は、個人経営のホテルのオーナー。  ホテル鈴木。  そのホテルは洋室12部屋と、鉱泉と呼ばれる温度の低い温泉をボイラーで温める内湯と露天風呂がある。  佐々山電鉄・小湯線にある地獄沢駅という駅前にある個人経営の三階建ての温泉ホテル。  B&B(ベッド&ブレックファスト)という宿泊と朝に軽食をだすスタイルのホテルだ。  洋風のダブルが二階と三階に6部屋で、合計12部屋ある。  そのホテルの裏手に、昔は温泉旅館として居た母屋があり、改装して自宅にしている。  僕と愛理の部屋は隣同士だ。 旅館の改装なので間取りは同じ。  縁側から自由に、僕の部屋と愛理の部屋は往来ができてしまう。  愛理は「うふふっ。結局は優ちゃんと同棲かぁ。夜這いに来ても良いよ。根性があればね」とクスクス笑う。  だけど、間違っても僕が愛理にチョッカイをだせるような状況では無かった。  本当に、愛理は国家の諜報機関の施設から派遣されていた。  しかも、中学生だけど国家公務員らしく叔父夫婦も愛理には細心の注意と敬意を払っている。 「優。愛理には絶対に変な気を起こすなよ」と釘を刺されている。  逆に愛理は飯田さんの事も調査済みで「愛理と一緒にお風呂に入ろうよ」とか夜も「また愛理が添い寝してあげる」と僕がチョッカイを出せないのを承知でからかいに来る。  それは、愛理が僕の行動を知っているから言ってくる訳で、監視されているのだ。  どうやら、小湯山の話は本当らしい。 僕は、飯田さんの予知夢の話をした。  愛理は、予知夢を見る飯田さんが政府側ではなく、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所からのスカウトを希望している段階で用心した方が良いと心配している。 僕は愛理に「予知夢だと僕はRRMSって次世代交通網の研究員として、雨宮京子ちゃんとメイド服を着て研究所に派遣されるらしいです」というと、叔父達は「雨宮教授の娘か。予知夢とやらも信憑性が高いね」と腕組みをする。 僕がメイド服を着る事はスルーされた。     ♢  翌日、愛理と僕が転校して通う中学校にいってみた。  自転車を借りて、県道を佐々山駅の方に向かって漕いだ。  愛理は、大人っぽいワンピースを上手にチェーンに裾を挟まれないように持ち上げ軽快に走る。 「優ちゃん。この先にケーキ屋がで来てね。美味しいって評判なのよ」  駅前のシャッターが閉まる商店街に、一軒だけ行列が出来ている店舗があった。  「煉瓦亭。東京から佐々山町に移住してきた神戸さんって家族が経営していて大人気のケーキ屋さん」  いわゆる、Iターンという人口流出防止の田舎の自治体が募集する移住策。  比較的新しい近郊住宅街を抜けると佐々山町役場。  その隣に日帰り温泉施設が見える。  役場も温泉施設も、立派な建物で特に役場は田舎の町役場というより、そこらへんの市役所より立派な風情。  「佐々山町は自衛隊の街でもあるの。隊員さんのお陰で街も潤うし、防衛省からも交付金が出るのよ」   その時は興味も無い自衛隊の話。  学校は、意外と綺麗だけどコンパクトな校舎と体育館、小学校と同じ敷地にあり奥に小学校があった。  校庭も共用で、プールは無いけど冬場はスケートリンクになるという広めのスペースがあった。  愛理の話だと、生徒数は少なくてクラスも各学年に一クラスしかない。  通学は、制服でもジャージでも良い。  「此処の生徒は幼稚園からの顔なじみばかりで、愛理も直ぐに馴染めたよ。イジメも無いし安心して良いよ」 中学二年生の学級は、28人学級で男子が18名、女子が10名だそうだ。  僕が転入すれば29名。  通学時は自転車通学なのでヘルメットを購入する必要がある。  校舎裏に回ると、遠くに赤城山、そして前橋市の街並み、やはり群馬県庁は目立つと改めて感じた。  愛理は、佐々山町の案内を終えると友達の家に行くと言って別れた。  僕は、一人で自転車を漕いで地獄沢のホテル鈴木に戻った。     ♢  佐々山電鉄沿線には、沼川市、渋沢町、佐々山町がある。  まず、小湯線が絡むのは渋沢町と佐々山町。沿線協議会では沼川市は、全く関係ない小湯線の廃線には興味も示さず廃止ありきの考え方だ。  渋沢町は、出来れば小湯線は残したいという考えで、佐々山町は陸上自衛隊の駐屯地があるため交付金から小湯線の存続を行いたいとしているが、交通政策とまちつくりの専門家が不在。町長が適任者を探しているというのが現状だ。  美佳ちゃんの設立した佐々山電鉄応援団は、メンバーは美佳ちゃんと僕しかいない。  まず、僕は美佳ちゃんに説明をした。 「まず、乗っての残そうという乗降者を増やす運動、署名活動も効果はあるけど、持続して小湯線の乗車を増やす方法や根拠あるデータや資料が無いと難しいよ」 美佳ちゃんは「どうすればい良いんだ?」 「佐々山電鉄の全てが廃線危機なら法定協議会とかで地域課題として国や県、沿線自治体、佐々山電鉄と沿線の人達、利用者で会議をしてどうするかを決める」 「ほい」 「でも、小湯線だけだと経営合理化と判断されて、国交大臣に廃止届を出して一年後に廃止ってケースの方が濃厚だよ。その一年間の間にバス転換とか何らかの代替え交通を渋沢町や佐々山町が用意するとか」 「おい。優。それだと困るから優を頼っているんだよ」  美佳ちゃんはイライラしていた。 「うん。まずは渋沢町と佐々山町の人達に自分の事として小湯線の事を知って動いて貰うようにシンポジュームを開こう」
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