佐々山電鉄応援団 第1巻

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 第5章 小湯線廃止反対フォーラム   僕が、中学三年生になった4月。 最近では、入学式前に葉桜になってしまう。 京子ちゃんとの約束まで二ヶ月。 本来なら、高校受験の考えをするべき学年。  佐々山電鉄は、既に三月のダイヤ改正に合わせて群馬県と沿線自治体、そしてマスコミに路線バスと小湯線廃止を公表した。  鉄道営業法に基づく、国交大臣への廃止届け提出。  佐々電バスは、9月に国交大臣に事業廃止届けを提出し、廃止該当路線の他社譲渡、コミュニティバス、または路線バスの完全撤退による交通空白地帯もやむなしという内容だった。  小湯線は、9月に国交大臣に鉄道路線の廃止、代替交通機関(代替バス)を地元と協議して一年後に廃止。  渋沢町と佐々山町は小湯線廃止反対の看板やスローガンを町内に張り出す。  6月に、小湯線廃止反対フォーラム開催のアナウンスが公式に発表された。  地元新聞社は、雨宮教授の娘・雨宮京子と地元・佐々山町の中学生の討論について告げた。 僕と京子ちゃんの単なる約束は、個人だけの約束ではなく公式な約束事としてのゴングが鳴らされた事になる。  僕にも、取材申し込みが来た。  あくまでも、天才的な交通政策の若き担い手である、京子ちゃんに挑む名の知らぬ地元中学生としての立ち位置。  高崎交通経済大学の中島先生に聞くと、京子ちゃんは本気で僕を助手にできると豪語しているらしい。  あくまでも、京子ちゃんは僕を見下している。  その約束を愛理にだけ話してある。 「愛理がいるじゃん」と、前は京子ちゃんと仲良くなれと指示をしたのに、今回は予想外に興味も示さなかった。  毎晩、学校から戻ると中島先生に言われた数学、ミクロ経済学、統計の勉強を勧めている。  数学的な事は飯田さんのお兄さんに聞くために、飯田さんの家に行く。  飯田さんは「雨宮京子と仲良くなるのは良い事よ。それは、ある意味ではアタシの野望でもあるから」と笑っていた。  僕はネットで、事例やレポート、論文を読み出す。  愛理も複雑な顔をするようになった。 「浮気したら殺すって言ったわよね」  愛理は、真顔だった。  経済学、交通政策とかの法令や事例、海外のレポートは中島先生にレクチャーを受ける。  愛理が口を利かなくなってから、暫くして僕は体調を崩した。 渋沢町 小湯線廃止反対フォーラム  当日。  僕は、佐々山中学校の白のワイシャツに紺のスラックス。  美佳ちゃんは、丸襟のブラウスに紺のフレアスカート。  しかも、少し丈が短い。  愛理ですら「うわっ、美佳ちゃん足細ぃ。しかもスタイル良いじゃん。隠してやがったな」と悔しがる。  「ほい。ちょっとスカートも短くしてやるかな。あのクソガキ京子の奴、絶対に優を誘惑してくるからな」  愛理が「初めて美佳ちゃんと同意見だわ」と耳元で囁く。  美佳ちゃんは僕に恋愛対象としての好意はない。  ただ、僕に女が出来ると自分が遊べなくなるから妨害するという友達的な嫉妬心らしい。  雨宮教授と京子ちゃんは、今回は前泊している。  しかも、ホテル伊藤のロイヤルスイートで二泊。  確か、カフェテリアで煉瓦亭のケーキを食べたら美味しかったので佐々山町の本店に行くとかで出かけ中。   こういうフォーラム系の行事は主に午後から行われる。  まして、温泉組合が主催者なので、遠方からの参加者を渋沢温泉に宿泊して貰う意図もある。  地元である僕達は、登壇者であり、今日に限っては渋沢温泉組合に招かれた来賓扱い。  一応は客室を用意して貰っている。  いつもは裏手の従業員社員寮で暮らす美佳ちゃんも、今日はお客様扱いになる。  僕と美佳ちゃんは、控え室を用意され、制服の胸元にリボンが付けられた。  ホテル伊藤の建物はエントランスから入ると一階がフロントになるけど、裏手の   駐車場から入ると二階がフロントになってしまう。  理由は、傾斜地に建物があるため約一階相当の段差が坂道にできてしまう。  そんなわけで、会場であるホテル伊藤の鳳凰の間というホールもエスカレーターで地下一階まで降りる事になる。  ホテルの駐車場は、農家の軽トラックや軽自動車で埋まった。  小湯線の廃止反対運動なのに、ホテルの駐車場がマイカーで埋め尽くされる。  沼川市は参加していない。  関与していないのは、今回廃止予定の小湯線存廃問題には関わっていないからだ。  渋沢町は、反対運動に平行して代行バスに対しての計画を立案している。  佐々山町は鉄道廃止のみに絞って反対表明をしていた。  本当に心配なのは、鉄道は時代遅れでありマイカーがあれば生活に不自由しないと言う人達も、小湯線存続に署名をしている事と、アンケートで存続が決定したら小湯線に乗るかという意見に(NO)と回答した人達が58%。  いわゆる乗らないけど存続を希望。  出来れば税金は投入しない方向で解決して欲しいというコメントが目立つ。  行政は、鉄道廃止問題に詳しい役場の職員も居ないし、住民説明の不十分。  フォーラムが始まった。  雨宮教授は、前日から渋沢温泉に入り、小湯線を一往復していたらしい。  外部講師のお手本みたいに地域課題を語り出す。 「小湯線に娘と乗車しました。感じた処は……」  外部講師は、”必ず冒頭で余所者だが住民と同じ目線で地域課題を体験してきた”という事を発言し親近感を与える。  海外の事例。  鉄道営業法による廃止届けの話。  そして住民の今後の活動を如何に進めるか。  そういう話をしている最中に多くの町民は雑談をしたり居眠りをしている。  第二部では、僕と京子ちゃんが登壇した。 美佳ちゃんは、ステージの袖にいる。 殆どの人達は聞いても居ない。  京子ちゃんのお父さんは、課題を出して僕と京子ちゃんを交互に指名して回答を得る方式にした。  僕は、一般論しか返答できない。  京子ちゃんは、仮想的市場評価法を活用して支払意思額とか、ソーシャルキャピタルとかの専門的な手法を語る。  明らかに僕より優位な立ち位置を確保していく。  会場では、意味不明な討論に飽き始め帰宅する人達や、雑談、居眠りが増えていく。  思わず僕は、マイクを持ち「もう小湯線は見捨てましょう」と叫んでしまった。  帰宅する人達は戻ってきた。  居眠りをしていたり雑談をする人達は、怒り出して怒鳴り声が聞こえ出す。  僕は、簡単に噛み砕いて現在の状況、廃止を防げても直ぐに廃止問題は裁提案される事を説明した。 日本の鉄道や路線バスは、独自採算性という自らが稼いだ運賃から、職員の給与や施設改善などを行う。  大手私鉄や都市部の路線以外では、沿線人口の減少などで実際は大赤字になる傾向にある。  簡単に言えば、100円を稼ぐのに500円投資しないと電車やバスが走らせられない。  企業という経済活動を行うには、赤字なら廃止や合理化などで損益をカットしないと倒産してしまう。  しかし、鉄道や路線バスは、生活交通や地域の重要なインフラとしての価値があるので簡単にはできない。  そこで税金を財源とする補助金や、上下分離という道路みたいに県、沿線自治体が設備を補助する方法がある。 大事な税金だから赤字の部分は無くさないと、税金の無駄使いになってしまう。  赤字ローカル線を守る仕組みが、赤字ローカル線や路線バスを廃止しないと貰えない矛盾が生じてしまう場合も出てくる。 小湯線も実はソレなのだ。  廃止の理由は、群馬版上下分離方式という公的支援を貰う為に赤字体質の部署や路線を廃止する為。  上下分離方式とは、主に下部会計と呼ばれる部分を行政が鉄道事業者に補助する。線路・基盤、電路関係の維持管理、車両の修繕などの経費。また列車の運行は上部会計として佐々山電鉄が経営を行うというもので、もっと細かい事をいうと固定資産とかの免除や優遇処置も加わる。  財源が税金なので、鉄道事業者の自助努力、経営合理化、今回のような赤字分野の垂れ流しをさせない為に、赤字の路線バス事業の撤退、小湯線の廃止が条件とされた。  群馬県では上毛電気鉄道、上信電鉄、わたらせ渓谷鐡道が既に受給しているが、何故か佐々山電鉄だけは受けていなかった。  理由は、最初から佐々山電電鉄は自助努力をすれば補助金がカットされるので頑張らないで補助金に頼るという最低な経営計画を立てていたらしく、常に書類選考で弾かれていた。公的支援というのは、こういう話も実際にあるのも事実だ。  行政側も住民側も勉強不足。 これも賛否両論があって、普段はマイカーで通勤していたり、小湯線を利用しない住民が廃止騒ぎの時だけ、サクラ乗車や廃止反対を訴えるのは無責任だという声もあったり、マイカー主流の時代に無理して税金投入をしてまで鉄道を守る理由が理解できないという声もある。  なによりも、泣いても騒いでも佐々山電鉄は、今年の9月に鉄道営業法に基づき国土交通大臣に小湯線廃止届けを提出する流れになっていた。これが受理されると、沿線行政はバス代行や代替え交通の手配を速やかに進めて、一年後の鉄道廃止に備えなければならなくなる。  僕は、こういう話を解りやすく説明をした。  騒動は収まり、質疑応答も白熱した。 専門家の悪いところは素人に専門用語で説明してしまう事で、せっかく来てくれた市民や傍聴者が逃げ出してしまう事だ。  この会場には部外者はいなくなった。 誰もが当事者。  閉会時間を過ぎても質疑応答が収まらなかった。  40分超過して、主催者側がストップを掛けた。  場を乱した事を雨宮教授に叱られた。 京子ちゃんは、僕を軽蔑したような目で一瞥した。 「悪いですけど、助手の約束は無かった事にします。ルール無視の発言。時間超過。最低な勝負ですよね」  京子ちゃんの厳しい言葉。  「悪いけど。少し失望したよ。登壇者が廃止するという発言は良い解決方法では無いね」  レフリーが父親だからではなく、娘の無謀な約束を実行させない為の贔屓でもなく、僕も敗北を認めざる得ない結果だ。 「京子の勝ちだ。しかし……」と言いかけた時だ。  その脇を、数人の地元のJAのキャップを被った作業着の農家の人達が口々に 「あの姉ちゃんの話は全く解らんかった。優ちゃんの方が話がスーッと入って来て小湯線をワシらで守らんと残せんというのが理解できた」  喋りながらホールを出ていく。 京子ちゃんは泣き出した。  雨宮教授は、ニコッと笑い。 「京子。この勝負の本当の課題はなんだい?覚えているかな?」  京子ちゃんは泣き声で「多くの人に交通政策とまちつくりに興味を持って貰う」と答えた。  雨宮教授は「そうだよ。京子は勝負には勝ったけど、一番重要な課題は落第だ」  でも、負けず嫌いな京子ちゃんは「優さん。約束は守ります。なんでもアタシに命令を」と怒り口調で言う。  雨宮教授は呆れ顔で「優くん。ウチの京子は一度決めたことは絶対に折れないよ」と両手を広げた。  僕は困った。  でも京子ちゃんは「ダメです。アタシの気が済まない。そうだホテル行きましょう。覚悟は出来ました」  どうも、何かしら京子ちゃんとしては僕が命令をしないと場を収める気はない。  そんなタイミングで会場から愛理が駆け寄って着た。 「どうしたの?トラブル?」  愛理は驚いた顔をしていたけど、愛理は僕と京子ちゃんの勝負を知っている。  空気を読んでくれた愛理は 「優ちゃん。京子ちゃんの事一目惚れだったんでしょ。良かったじゃん」 「嘘っ」 京子ちゃんは疑う。 「京子ちゃんもさぁ。軽々しくホテル誘うとか。優ちゃんの理想像を壊さないであげて」  愛理は両手を腰に充てて京子ちゃんを睨んだ。 京子ちゃんは、顔を真っ赤にして僕に謝罪してきた。 「今度は、アタシが優さんに相応しい女の子になるから!それまで約束は延長しますっ」  愛理はクスクスと笑い、京子ちゃんに 「引っ込みがつかなくて、誰かに止めて貰いたかった訳でしょ。負けず嫌いも度を過ぎると身を滅ぼすわよ」  京子ちゃんはチッと舌打ちをした。  そして京子ちゃんは僕に駆け寄り、ホッペにキスをした。 「今日はコレで勘弁してあげます。アタシに憧れるなら、もっと精進してください」  プンプンと怒りながら雨宮先生の車の後部座席に乗るとウィンドウを開けて 「いいですか!アタシと優さんはライバルであり相思相愛。美佳さんとか愛理さんは弁えてくださいね」  雨宮教授も「困った子でね。今回ので少しは懲りて人間的にも成長できれば良いんだけど。悪いね」  美佳ちゃんが駆け寄って来た。 「おいおい!今、あのクソガキ京子の奴。優にキスしてなかったか?」  愛理は「言っている側から面倒な子が増えた」と呆れ顔になった。  京子ちゃん親子が立ち去り、駐車場で愛理に理由を説明した。  そんな騒ぎの中、僕を見ているメイド服の集団が居た。  愛理が僕に「もっと面倒な人達よ。優ちゃんヤバい奴らを敵に回したかも」  
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