佐々山電鉄応援団 第1巻

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 第6章 予知夢の日    僕は群馬県立渋沢実業高校・観光科に入学した。  佐々山町立佐々山中学校の僕と、渋沢町立渋沢中学校の美佳ちゃん。  今日から、同じ教室で勉強して、同じ制服を着る事になる。  僕は、水色のブレザーにスラックス。 「いひひ。アタシも女子高生だぁ」  美佳ちゃんは、水色のジャンパースカートにボレロ。 「優。アタシに惚れるなよ」  ボーイッシュだった美佳ちゃんは、髪を伸ばしてセミロングにして入学式を向かえた。 「ホント。鈴木と美佳はいつでも一緒だな。とうとうクラスメートになっちまったな」  黒髪に清楚な顔立ちの女子は、呆れ顔で僕と美佳ちゃんを見ている。  美佳ちゃんの住んでるホテル伊藤のオーナーの娘である伊藤早苗。   群馬県立渋沢実業高校観光科一年は定員40名に対して30名。  実業高校と言っても、田舎の学校なので普通科もあれば商業科もある。  観光科は、観光ビジネス、インバウンド、着地型観光とかを学ぶ学科で、主に渋沢温泉という温泉街ならではの実習がある。  僕の場合は、交通政策とまちつくりをするのに、普通課よりは観光の基礎が学べるという部分で進路を決めた。  高校一年生で、交通政策とまちつくりに関わる人は実際にあまり居ないと思う。  ちなみに、美佳ちゃんは入学して三日で、クラスの男子から「ホイホイさん」と呼ばれ始めた。 夏休み前には、朝礼で美佳ちゃんは全校生徒の前で表彰された。 美佳ちゃんは、小学生しか応募できない規定の”佐々山電鉄小学生ぬりえコンテスト”に年齢詐称で応募していた。  景品の佐々電200型の限定グッズが欲しかったらしい。  美佳ちゃんは応募規定を読んでいなかった。参加賞は学校単位で送付される。  校長先生は、壇上にあがった自称6歳のさとうみかちゃん様に賞状と景品を手渡した。  全校生徒が大爆笑して、小馬鹿にしたような大絶賛の拍手の中、美佳ちゃんは悔しそうな顔をしていた。  超本気モードの塗り絵は、夏休みに佐々山電鉄の車内に掲出される。  そんな美佳ちゃんは「佐々山電鉄応援団として佐々電の増収対策に協力しただけ」と正当化している。  9月には、佐々山電鉄は国交大臣に小湯線の廃止届けを提出する。  署名運動や、廃止反対集会が行われていた。  もう、廃止が決定的になる最後の沿線協議会で奇跡が起きた。  佐々山電鉄応援団の活動が全国放送のテレビで報道され、全国の鉄道廃止問題に関わっている組織から、沢山の応援や支援が来た。  群馬県と沿線自治体は、暫定的に補助を出すことで小湯線の可能性を見守る事になった。  そもそも、高校生応援団が法定協議会に参加できる理由。  鉄道会社を支援する専門的な知識と経験を持つ地域市民団体の参加という枠。  それに該当する組織は、佐々山電鉄応援団しかなかった為だった  8月2日 あの事故の起きた日に最終的な決定をする会議があった。  僕は美佳ちゃんと一緒に渋沢町役場で行われていた佐々山電鉄沿線協議会に参加していた。  参加者は、群馬県イノベーション推進課、沼川市市長(代理出席・道路維持課課長)、渋沢町町長、佐々山町町長、佐々山電鉄株式会社社長、同常務、そして佐々山電鉄応援団のリーダー佐藤美佳、そして僕が出席していた。  今年の4月に、佐々山電鉄が群馬版上下分離方式を受ける条件として赤字分野の切り離しを行わざる得ないという理由から、路線バス事業の撤退、小湯線の鉄道廃止及び代替バスへの検討が議題となった。  規制緩和で住民合意に至らなくても佐々山電鉄が国交大臣に廃止届けを提出し受理されると、一年後に廃止が出来るという。 この状態を小湯線の危機を住民が自分達の問題として受け止め策を練るという条件で一年間先延ばしをして再度検討という話に持ち込んだ。  美佳ちゃんは渋沢町の住人で、本当なら小湯線に乗る必要は無いのだけど、小湯線で一駅目の地獄沢駅前にある僕の家に来る為に乗車する。  町役場から外にでると、朝は天気が良かったのに真っ黒な雲が空を覆い冷たい風が吹いていた。  ゴロゴロと雷鳴がして、木々が揺れる。  「やばいな。駅まで走るか?」  僕と美佳ちゃんは、渋沢駅まで走った。  丁度、渋沢駅の屋根がある場所まで掻けってから、ポツポツと大粒の雨が乾いたアスファルトを濡らした。  その後、直ぐにバケツをひっくり返したような雨風が吹き荒れ、雷鳴が響き渡る。  「あぶねぇー。ギリセーフ」  美佳ちゃんは、そう言っていたけど。  今になって考えれば、乗り遅れた方が良かったと思う。  そう、この数分後に僕と美佳ちゃんは地獄絵図を見る事になるからだ。  渋沢駅の入口で、二人のメイド服姿の女子高生を見かけた。  美佳ちゃんは「おー優。秋葉原に居るみたいな格好した奴が居る。スゲーな。いらっしゃいませご主人様だ」  明らかに、彼女達は僕と美佳ちゃんを監視していた。  インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場チームの制服だ。  スカウト?  僕は、自分に都合の良い方向で勘違いしていた。  渋沢駅の改札口を通って、3番線の小湯線の電車に乗り込む。  20人ぐらいの小学生達が乗って居た。  電車が動き出してから、飯田さんからスマホに着信が入って居た事に気がついた。  会議中なので電源を切っていた。  メッセージが入って居た。  「鈴木君。今日ね。絶対に佐々山電鉄小湯線の電車にのっちゃダメ!死んじゃよ。あの予知夢の日付は今日だったのっ」  それは、結構大声で本気で留守電に入って居た。  僕は飯田さんに電話をした。 「鈴木君。今どこ?まさか電車に乗ってないよね?」 「乗ってる。もう間に合わないかも」 「もうすぐ事故が起きて脱線して大勢の人が怪我する。もう時間になる。二両目に逃げるか、何かに掴まって」  美佳ちゃんは、運転席の背後で前方を見ている。 「美佳ちゃん!戻って!直ぐに」と僕は怒鳴った。  そして、小学生達に「何かに掴まって」と叫んだけど、小学生達は僕を頭のおかしい人みたいに見ていた。  美佳ちゃんも「なんだよ。優……」と言いかけて床に叩きつけられた。 小学生達も、一斉に椅子から投げ出されて、ガラスが割れる音や電車の激しい警笛が鳴り響いた。  大きな振動と衝撃。  美佳ちゃんは、右手を押さえて失禁していた。  小学生達は、「お母さん痛いよぉ」とか泣き叫んだり、呻き声を上げたりしていた。  ガラス片で血しぶきを上げて呆然としていり女子は、高学年の女子がタオルで止血していたり、地獄絵図を目の当たりにした。  直ぐに、道路の方からクルマのドライバー達が救助に来てくれたり、佐々山電鉄の保線区の人達が応援に駆けつけたりしたけど、救助されてブルーシートで寝かされ て脱線した電車みて怖くなった。  美佳ちゃんも「命を持って行かれないだけ御の字の事故だな」と呟いた。  後日、飯田さんの話だと美佳ちゃんは、あのまま運転席の背後にいたら即死だったらしい。  (つづく)
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