佐々山電鉄応援団 第1巻

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ー 沼川市・佐々山電鉄本社 ー 8月2日。  12時30分ごろ。 佐々山電鉄本社は、群馬県沼川市内にある。 群馬県沼川市は、榛名山の麓にある都市。  関越自動車道が縦断し、利根川、そして県内有数の温泉地である渋沢温泉への玄関口。  佐々山電鉄株式会社の本社は、JR上越線・吾妻線の沼川駅から一つ目の沼川本町駅構内にある。  沼川本町駅は、上り線と下り線の1面2線のホームと5本の留置線とピット検修車庫線を持つ車両基地を併設。  その奥の敷地に、鉄筋コンクリートの三階の本社と、車両区、電力区を兼ねた変電所、保線区、労働組合がある。  一階は鉄道運輸部と自動車部(バス事業撤退につき空室)、二階が会議室と事業部、三階が総務部と経理部、役員室。  鉄道運輸部。  部長、課長以下四名の社員。  昼食の時間だった。  運輸課と技術課があり、事務机があり奥にパーテーションで区切られた応接スペースがある。 業務用パソコンと大き目のディスプレイ。  ディスプレイは、佐々山電鉄全線の列車の運行状態が把握できる監視装置がある。  現在、このディスプレイには小湯線に1本、本線に4本の列車が走行している表示になっている。  佐々山指令と呼ばれる運行管理者は、車内では運転指令と呼ばれ、全線の列車運行情報が表示されるモニターを見て監視や指示、異常時には列車の運転整理を行う。  佐々山電鉄では、簡易電子閉塞方式と呼ばれる装置を採用していて、運転士が自ら運転席に設置してある専用リモコンで出発信号機という信号の直下にあるセンサーに向けて照査させると、その信号は佐々山電鉄本社のCTC装置の閉塞管理コンピューターが閉塞区間(佐々山電鉄の場合は交換可能駅毎に一列車しか走行できない絶対条件を認証した後に、当該信号機に緑色の進行信号を現示する)。  この閉塞(へいそく)装置のおかげで、佐々山電鉄の電車は追突や正面衝突が起きないで、次の区間に安全に列車を進めることができる。此処は、その列車の運行状況を監視する司令設備がある。  課長の木暮が、日替わりの安い仕出し弁当の主菜である味が濃いだけのコロッケを一口食べてから「小湯線の方は雷雨らしいね」と心配そうにディスプレイを見た。  木暮は、数年前に転職してきた元自衛官。 「えぇ。渋沢駅長の話だと小湯線の運転を見合わせようかって話も出た位ですよ」 「今日に限っては、小湯線は動かさない方が本当は一番安全なんだけどな」と言葉を吐き捨てた。  木暮は、ハァと深い溜息を吐いて「兎に角、112列車が無事に佐々山駅に到着して貰わないと生きた心地がしない」と再度深い溜息を吐いた。面倒事が始まる。  小湯線では、いま走行している112列車が終点の佐々山駅に到着したのを確認後に線路の緊急工事を行う。  この列車以降の小湯線は運休になる。  既に、代行輸送用に抑えていた地元のタクシー会社からは、佐々山駅前での配車準備が完了している旨の返答は貰っていた。  この緊急工事は、その日の始発列車の運転士が電車の異音と大きな揺れがあるとして緊急停止した段階で緊急的、速やかに行うべきだった。  それが、社長の指示で危険な状態の線路を最徐行で運行継続という、人命を危機に晒した最悪の指示を出した。  お客様の生命を預かる輸送事業者として、絶対に選択してはいけない指示だ。  監督官庁である地方運輸局に知られれば、即座に特別監査が執行され、厳しい処分が下される案件。  現場に点検に向かった保線区長から、直ぐに列車を運休にさせて緊急工事をしないと大事故が起きると言われた。  しかし、緊急工事は行われなかった。 「なぜ列車を止めて点検をしないのだ」  現場の駅、運転士、保線区からクレームが続出した。  問題は、小湯線の存廃を決める重要な会議が今日の午前中にある為だ。  会議が終わるまで隠さないといけない。  補助金で敷設した小湯線の重軌条レールを監査後に全て本線に移し替えて小湯線には発生品と呼ばれる廃棄レールと交換しているためだった。  廃止予定の小湯線に新品の重軌条レール交換を補助金申請をして何の疑問も無く認可が下りた段階で不思議な件。  理由は、通常の鉄道事業者は、国土交通や地方運輸局が監督官庁として管理や監査をしている。佐々山電鉄は関東運輸局の管轄下にある。しかし、支線の  小湯線だけは例外で防衛省管理の路線だった。  この事は守秘義務が絡んでいる。  小湯線の施設管理は防衛省の予算から交付金と呼ばれる方法で捻出されていた。  小湯線は、防衛省からの交付金が絶たれたため廃止が決定。  来月9月に、小湯線は鉄道事業法に基づき国交大臣に廃止届けを提出後、一年後にバス転換する。  渋沢町と佐々山町は行政も沿線住民は「公共交通を守る補助金を貰うために小湯線廃止は本末転倒」と怒りを露わにした。  市民団体が存在しない佐々山電鉄は、高校生応援団である佐々山電鉄応援団が出席していた。      ♢  突然、事務所の蛍光灯が消えた。 「おっ。停電か?」 「まさか?小湯線の方で落雷?」   電源は回復し本社の照明は点灯したが、佐々山電鉄全線で停電が発生。 「変電所か。参ったな」 「沼川本町変電所と渋沢変電所、佐々山簡易変電所の三カ所が重故障。現地で 直接リセットですね。まぁ原因が解らんとですが」  佐々山電鉄の三箇所ある変電所からの配電が全て休止している状態で、佐々山電鉄の列車も停止している事になる。 「電力区は?」 「はい。いま区長から連絡が来て。点検に行くそうです」  プルプルプル……。 「はい。佐々山指令。はい?」 「どうした?」  司令員が電話の受話器を抑えながら 「渋沢駅の駅長です。一般からの通報で渋沢ー地獄沢駅間。小湯線で電車が事故を起こしたらしいです。112列車の可能性が」 「事故?踏切事故か?」 「先頭車両が脱線してるそうです」 「脱線って」 「運転士に連絡取れない?運転士は誰?」 「藤原です」 「無線で呼び出せない?」 「呼びだしてますが応答はありません」 誰もが、悪い夢であって欲しいと願った。  誤報であって欲しいと願う。 「誰か現場に確認を出せない?」    ピピピピピピ…… 「おいおい。防護無線って……」   防護無線とは、運転士が危険を察知し周囲の列車にも危険が及ぶと判断した場合に運転席にあるボタンの押下で周囲の列車に緊急停止を知らせる装置。この断続音を聞いた運転士は即座に列車を安全な場所に停車させる義務がある。 「はい、こちら佐々山指令です。防護無線叩いた列車は無線で連絡を願います」 『こちら……小湯線の112列車……脱線事故発生……』 「112列車、詳細を教えてください」 「……電車が脱線してます。けが人が大勢出てます。運転台部分は宙に浮いていて、もう少し傾くと5m下の道路に落ちそうです……救助を願います」 「乗客は何人くらい?」 「小学生が約二十人くらい。あと優くんと美佳ちゃんも居ます。全員がけがを して床に倒れています」 「藤原は大丈夫か?」 「すいません。運転席が潰れて下半身が挟まって動けません」 「直ぐに救急車を手配する」  想像を超える事態が起きていた。
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