佐々山電鉄応援団 第1巻

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ー 東京・首相官邸 ―  首相官邸の地下にある会議室。    国家安全保障会議が開催されていた。  議題は、佐々山電鉄小湯線の脱線事故。  当たり前だが、田舎の電車が脱線しただけで、日本政府が会議をするなんて話はあり得ない。  しかし、日本だけでなくアメリカ合衆国にとっても緊急事態であり、世界情勢に発展しかねない緊急課題だった。  太平洋戦争終戦後、マッカーサー率いる進駐軍が、旧・日本陸軍の軍用地を接収。  佐々山電鉄小湯線は軍用線路であり、小湯山トンネルは天然の山を掘削した弾薬庫だった。進駐軍からすれば接収対象施設。  返還された筈の小湯線と小湯山トンネルが、書類の不備が原因で、現在まで未返還領土である事は日本政府とアメリカ政府で情報管理されている。  この件は、日米の両国民に隠されている。  小湯線を、日本政府は航空自衛隊基地相当の交付金で渋沢町、佐々山町、佐々山電鉄に支給して維持していた。 軍事に詳しい人間なら納得する話として、アメリカ本土では軍事基地の多くは地上の滑走路を有する基地以外で機密性の高い重要基地程、山岳地の山の中に密かに建造される事は常識であり、小湯山の山中に何らかの米軍基地があるとしても常識の範囲内だという。  それは、裏を返せばアメリカ本土を危機から救う重要基地が在る事を示している。  実際に、それが稼働しているとしたら?  国民に隠された小湯山の弾薬庫跡地に無人のアジア圏内各国からアメリカ本土に到達する長距離弾道ミサイルの監視する小規模な基地。  日本政府もアメリカ国防総省も、小湯山基地周辺で発生した大惨事を警戒するのは当然な話だ。鉄道事故を陽動にテロ。  既に、航空自衛隊熊谷基地所属予備自衛官六名が、私服でトンネル付近の警戒を行っている。  雨宮首相および関係閣僚が円卓に座り、壁に埋め込まれた複数の情報モニターを見ながら分析官達の情報を聞いていた。  「アメリカ軍事企業のドシキモ社。小湯山基地の民間委託化を狙っている情報が公安から上がっています」  ドシキモ社は、アメリカの軍事企業だ。  防衛庁幹部が「しかしドシキモ社は、今回は動いておりません」と補足をした。  雨宮総理大臣は「じゃぁ、単なる鉄道事故なんだね」と安堵した表情で席を立とうとした。 「総理。お待ちください」  それを制止したのは官房長官だった。 「ドシキモ社は直接関与しておりませんが、その……世界中からスカウトされた各分野の天才高校生の組織があります」 「なんだ?天才高校生?胡散臭いな」  雨宮首相は興味が湧いたらしく着席した。 「えぇ。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所という大人顔負けの頭脳と知識を持った高校生組織です」  防衛省の資料に、天才高校生集団インスタント・ハッピー・カンパニー研究所という名称が記載されている。 「まさか?その高校生達が……事故を起こしたというのか?」  ざわめく会議室の官僚と関係者達。  「世も末だな……この平和国家の日本で、そんな馬鹿げた事ができるのか?何が目的なのか?」  分析官は「RRMS計画」と説明した。 「ララムス計画だ?」 「はい、レールアンドライドモビリティ システム の略で頭文字をとってRRMSと称します」 「それは軍事目的か?」 「いえ。次世代交通の研究と開発、運用を目指しているようです」  雨宮首相は「そのRRMSという奴と今回の事故の何の因果関係がある」 「世間では次世代交通研究という事になっていますが、敷設には佐々山電鉄小湯線の廃止が絶対条件です」  官僚達は、耳を傾けた。 「RRMSを実用化するには、その小湯山基地がある小湯山トンネル。ドシキモ社の本当の目的が小湯基地の民間委託化。どんな手段を講じても佐々山電鉄から小湯線の経営権を奪わないと何もできません」  雨宮首相は 「そもそも小湯線とやらは、国交大臣に聞いたところ、来月9月には鉄道事業法による廃止届けが提出される予定らしいな」  国交大臣が挙手をして 「その予定でしたが……地元の高校生。えーと確か。佐々山電鉄応援団という組織に優秀な高校生が居て、群馬県や沿線自治体にが佐々山電鉄に補助金を出す方向で一年間の執行猶予を取りつけてます」  雨宮首相は「あー姪の京子が、群馬に交通政策の凄い子が居るって言っていたな。たぶん、その子だろうな」と苦笑した。 「首相の弟さん。日本を代表する交通経済学の権威。その愛娘の京子ちゃんも中学生ながら天才的な交通政策の担い手。その京子ちゃんを悔しがらせる高校生ですか」  雨宮首相は 「どうだね。高校生の喧嘩に日本政府が出るのはフェアじゃないよな。日本政府も高校生を出さないか?」 「まさか?」 「その群馬の高校生集団。えーと、なんだっけ?」 「佐々山電鉄応援団です」 「そう。日本の平和。いや世界平和を佐々山電鉄応援団に委ねないか?」 「いや……しかし」  官僚達は困惑していた。 「子供の喧嘩に親がでるような物だよ。まして高校生の喧嘩に日本政府が出る。そっちの方が有り得ないよ」 「しかし……」 「公式に日本政府が出しゃばって、実は70年以上も前から国民を騙し隠された未返還領土に米軍基地がありましたって言う気か?それにアメリカも自国に到達する長距離弾道ミサイルの兆候を把握する基地だ。穏便に済ませたい筈だ」  防衛大臣は「当然。小湯山基地の件は日本国民も騒ぎますが、隣国とも緊張状態になります。水面下で穏便に今回の事象を解決するには総理の仰る通り、高校生の喧嘩で収めるのが得策かと」 「うん。助かる」  防衛大臣は「そうですね。防衛大と工科学校。そして監視役で神林という男を付けます。それで如何でしょう?」 「任せるよ」  国交大臣は「佐々山電鉄の脱線事故の処遇は?事故調には口の堅いメンバーを群馬に派遣してます」 「事故だ。不正工事。それで発表して欲しい。平和国家の日本で無差別テロなんて話は最初から無い!」  
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