ゆらぎの芽 ~ グリーン スプラウト ~

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     7 令和七年 六月二十三日  父も母も、中学三年の弟の拓馬もぴくりとも動かず睡っている。  テレビはとうに、まともな放送を流さなくなっていた。  二十四時間ACジャパンのPR放送が、繰り返し映し出されたままだ。 「沢田のお爺さんのパン屋、開いてるかな」  華菜はアーケードまで行ってみた。  誰も歩いていない商店街の中、パンの焼けるいい匂いが漂っている。 「まだお爺ちゃん元気なんだ」  その焼きたてのパンの香りをかいだ途端、華菜は笑顔になっていた。 「よかった。お爺ちゃん、まだお店やってるんだね」  そう声をかけながら店内へと入る。 「おお華菜ちゃんじゃないか、無事でよかった。もう店になど誰も来ないと思ってたよ、でも窯を見るとどうしても作っちまうんだな。五十年以上そうやって来たんだから」  奥からコック帽を被った優しい顔の老人が出て来て、華菜へにっこりと微笑む。 「何でも好きなだけ持っておゆき、どうせ商売になんかなりゃしないんだ。パン達も食べてもらえりゃ嬉しいだろうからね」 「えっ、いいの? ありがとうお爺ちゃん」  華菜はチョココロネと数種類のパンを二個ずつ選んだ。 「明日もまたおいで、元気な限り作り続けるから」  そう沢田のお爺ちゃんは声をかけてくれた。 〝先輩の所へ持って行こう、一緒に食べよう〟  華菜はうきうきしながら、露城真吾の家へと向かう。 〝ピンポーン、ピンポーン〟  チャイムを鳴らしたが、なんの反応もない。  ドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていなかった。 「おじゃまします」  人の気配のない家の中へ、華菜は入った。  子どもの頃に何度も来たことがあるので、真吾の二階の部屋は分かっている。  恐るおそる部屋のドアを開けてみる。 「あっ、先輩」  ベッドに上半身をあずけた姿勢の、真吾がゆっくりと顔をもたげる。 「よお、倉田・・・。どうやら俺もダメみたいだ、眠いんだ」  微かに口元が笑っている。  額には木の芽のよう、な小さな突起が生えていた。
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