第二話

2/2
前へ
/9ページ
次へ
 卓巳(たくみ)君とはフットサル同好会に入っている三年生で、あちこちで女に手をだしているやら、浮気ばかりしているやら、だらしない悪評ばかりがある男だった。見た目も軽率そのもので、派手な金髪をウェーブさせて、左耳にピアスをぶらさげていた。  どうしてあんな男と……。  僕は歯痒く思わずにはいられなかったが、先輩は悪評だらけの男が相手でも、ちゃんと恋をしているらしかった。 「おい、ちょっとこっちにこい」  偉そうによばれても、彼女は嬉しそうな顔をして、その男に駆け寄っていく。そして、媚びるような目をしながら楽しそうに話をする。    先輩はとても調和の取れた人だったが、その男といるときだけは美しくなかった。調弦のできていないバイオリンが、不快な和音を奏でているかのようだった。 「どうして緒花先輩ってあんな人とつき合っているんだろ」 「綺麗な人ほど変なのに引っかかるから」  後輩の女子生徒たちもそんな噂をしていた。  校内の樹々が紅葉しはじめる頃だった。  僕は先輩が誕生日にひとりで大学から出ていく姿を見た。彼氏がいるというのに誕生日を祝ってもらえなかったのだ。寂しそうな背中を追いかけていき、呼び止めようかとも思ったが、きっと余計なことだと考え直した。僕が声をかけてもあの背中は寂しげなままだ。彼女が求めているのは、不協和音の元凶であっても、彼氏であるあの男なのだ。  残念ながら僕では役不足だった。  弦楽部サークルで練習をするたびに、僕は先輩の魅力をしみじみと感じた。バイオリンと真摯に向き合う彼女の横顔はとても美しい。あの男はこの美しさを知らない。  僕はそこに優越感に似たものを覚えたが、同時に強い劣等感にも苛まれたのだった。僕が知っているのは彼女の美しい横顔だけだ。あの男は僕が知らない先輩をたくさん知っているのだろう。  時間が過ぎていくだけの片思いは、先輩が大学を卒業して強制終了となった。  最後に気持ちだけでも伝えてみようかと、そんな考えが脳裏によぎったものの、結局のところ行動には移さなかった。卒業式の日、先輩の隣にはあの男がいた。彼女は例の媚びるような目をしながら、男と楽しそうに話をしていた。  そこに割って入って僕の気持ちを伝えても、先輩を困らせるだけだろう。ならば、なにもしないでおくのが、正しい選択に違いなかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加