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『どうして、どうしてなの! ねぇデュオローグ様! どうして貴方は、わたくしをそんな目で……』
暗くて、深くて、哀しくて、寂しくて。
脳内に響く叫びと共に伝わってくるのは、彼女の物と思しき感情の濁流だ。それは、様々に入り交じり、私の心も激しく揺さぶる。
「黒の女神か!」
「フェリス! 下がるんだ!」
「……いえ、私のこの聖女の力なら、あの黒の女神を打ち倒せると思います! あれを放っておいたら、世界が滅びてしまうから! お願いみんな! 私に力を貸してください!」
『……あぁ、憎い! 憎い憎い! お前が、お前がいなければ……』
絶望が心を塗る。視界に映る茶髪の少女は、私がよく見たことのある少女の姿。いや、彼女だけではない。彼女の後ろに、彼女の横に立つ整った顔立ちを持つ彼らは、私が何度も何度も見たことのある姿。
苦しい。悲しい。辛くて、誰も助けてくれなくて。彼女の思いが、今まで聞いたことも見たこともなかった彼女の心の声が、感情が伝わってきて、とても苦しい。だが。
『ですが……誰か、わたくしを、早く殺して。わたくしに、彼らを、殺させないで……』
『ふふふ……ようやく顕現出来たわ。あなたの作った愛しいこの世界、私の手で、破壊してあげるから』
視界を覆う黒い影。どろりと立ち上がり、形作ったのは、真っ黒な髪の長い女の姿。そこに顔は、ない。
『あ、あぁぁぁ! フェリス! デュオローグ! お父様! 全てが、この世界の全てが憎い!』
『そうよ、絶望なさい。この世界に、この愛に! あなたは大好きな人からも、家族からも見放され、全ての愛を失う。そして世界から居場所を失くすの』
高らかに宣言する影の女。侵食する黒い女の意志は、今の彼女より暗くて、私の胸も更に苦しさを増す。
『そして諦めなさい。あなたの肉体は、あなたの記憶は、私がこの世界のために、この偽りの世界を壊すために、きちんと使ってあげるから』
『ぐっ……世界を滅ぼさせるわけには……。誰か、わたくしを、この絶望に染まりきる前に、わたくしを、殺して……』
影に捕縛される。急速に襲い来る黒い感情。反発する彼女の意思。
真っ黒な風景が突如切り替わる。穏やかな庭園。そこに映るのは、先ほど見えた少女フェリスの横に立つ、とある男性の幼少期の姿。
風景に、黒いヒビが刻まれる。
『……や、やめて、やめてやめてぇぇ!』
侵食する黒。再び戻る風景。繰り返す黒と風景のせめぎ合い。
だが、侵食は強かった。ヒビから染み出す黒の染み。
風景の真ん中にいた彼の顔に、黒が重なる。
『お願い! わたくしからその記憶を! その幸せな記憶を、取らないで!』
『もう遅い! ふふっ。これでようやく復讐できるわ。私をこの世界に置き去りにした、あなたが作ったこの世界を壊してね』
侵食が一気に進んだ。風景が黒く塗りつぶされ、彼の顔が黒に染まった時、彼女の心の絶叫が頭に響いた。
『いやあぁぁぁぁぁ!』
『……何かしらこれ? 異物? ……何? あなた』
だが、侵食は止まった。時間が止まったかのように動かなくなった風景。半分程度黒く塗りつぶされた景色に目が現れて。黒の影の視線が、私を捉えた気がした。
『……ふぅん。まぁ良いわ。あなたもまとめて取り込んであげる』
うっ。急に苦しくなる呼吸、じくじく痛む頭、全身を刺すような痛み。
ちょっとこれ、どう言うことなの? 私は、さっきまで、ただゲームをしていたはず。
少し前の記憶を、薄れゆく意識の中、思い出していく。
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