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 翌週の事。 『チヒロ、どこに向かっているのです?』 『エルランの丘だよ』 『え? あんなところにですか? 確かに動きやすい格好を、とは仰っていましたけど……』  本日は学園休日。授業も無く、生徒達が思い思いに羽根を伸ばす日だ。  マーガレットは真面目で、こんな日にも図書室で更なる勉学に励もうとしていたのを、私が中断させ、外へと連れ出している。  行き先は学園がある街を見下ろせる、エルランの丘と呼ばれる小高い丘がある。聖女の力の解放をするダンジョンがある場所の一つだが、街からは少々距離があり、交通の便も良くないため、野ウサギを狩る狩人であったり、この辺りに生える薬草を取りに来る人々などがたまに訪れる程度である。  なので、ゲームの進行の上でも、ダンジョンを踏破した後は、基本的に訪れることが無い場所である。彼女が怪訝な顔をするのも当然だろう。  場所も場所なため、草の汁でかぶれないよう、極めて露出の少ない格好、かつ動きやすそうな恰好をしてもらい、マーガレットに今も歩いてもらっている。 『……一体何があるのです? こんな場所に』 『いいから、あ、ほら、見えてきた』  ここは隠しイベントがある場所だ。隠しイベントとはいっても、弓を構えて野ウサギを狩っているデュオローグがいる、と言うだけではあるが。 『あれは……デュオローグ様?』 『そうだよ』  丘の上から獲物を見つけたのだろう。既に矢を弓に番え、獲物を狙っている。明らかに近距離の獲物ではない。視線の先を追えば、数十メートルは離れていそうな場所で、一匹の野ウサギが草を()んでいた。 『あっ!』  声を上げるマーガレット。矢が放たれたらしい。それなりに風は吹いているが、放たれた矢は狙いすまされたかのように、野ウサギの胴を貫く。急所に当たったのか、一瞬ピクリと動いた野ウサギは、血を流して地面に倒れ込んだ。 『す、すごいですわ……弓がこれほど上手いなんて。いえ、確かに昔一度見たとき上手いと思ってはいましたが、ですが一言も弓のお話は聞いたことが……』  それはそうだろう。弓はあくまで後衛。弓を操る騎士、と言うのもいるだろうが、基本的にこのゲームはそう言う世界観ではない。馬にまたがり、人々を率いるのは剣士なのだ。彼は王子であり、人民を率いるもの。彼が得意なのは剣であり、弓であってはならないのだから。 『チヒロは……わたくしに、これを?』 『そう。でもマーガレットなら、デュオローグ様が何故あなたにこの話をしなかったのか、分かるでしょ?』 『……そうですわね。男子たるもの、いえ、王家のものならば、剣を持ってその威を示せと、仰ってますものね』  可哀想だが、仕方ないのだ。またデュオローグは剣の腕は残念ながらそこまで高くない。勿論下手な訳ではないのだが、そこは近衛騎士であるリュシオンの方が能力が高い、と言うのがこのゲームの設定である。 『声をかけても、よろしいのでしょうか?』 『いいんじゃない。むしろすごいと思ったならちゃんと言葉にするんだよ。褒め言葉は最高の惚れ薬なんだから』 『……えぇ、そうですわね』  最初は躊躇っていたマーガレットだが、私の反応を聞いて覚悟を決めたのか、仕留めた野ウサギに向かっていくデュオローグに向かって、彼女も歩みを進める。 「デュオローグ様」 「! ま、マーガレットか。どうしてこんなところに!?」  突然の声に驚いたらしいデュオローグは、必死に弓を隠そうとしているが、時すでに遅しである。そして確かに、マーガレットは普段こんな所に来るようなキャラではない。 「……わたくしが気分転換にこう言うところに来てはダメだと仰るのですか?」 「い、いや、そうではない。ただ珍しいと思っただけだ」 「……そこについては否定しませんわ。でも珍しいと言えば、デュオローグ様が弓を操っている所を見るのも、珍しいと思いますわ」 「っ……」  デュオローグの顔が渋くなる。 「……わざわざこんなところまで説教に来たのか? 酔狂なことだな」  マーガレットの感情が曇るのが分かった。 『……フフ、マタクロク』  私の視界には、再び黒い滴が現れる。  そんな私の視界を余所に、デュオローグを捉えたマーガレットは、言葉を続ける。
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