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「……なるほど。チヒロの魂をずっと拘束していたのも、あなたなのね」
「だったら何? そもそもあなたに記憶は無いでしょうけど、その女はかつて私の邪魔をしたのよ。邪魔だから消す、それだけの事」
「そうはさせない。チヒロはわたくしにとって大事な人なの。彼女を害する、と言うのであれば、わたくしが相手になるわ」
黒の侵食は止められない。自分の顔が消えて、あ、れ……。マー、あれ? 名前が……そもそも、私の名前は……。
そんな時、名前が出てこなくなった少女の背後の壁が砕け散り、少女と男子が姿を現した。
「マーガレット。一人で戦わないでください」
「フェリス?」
「すみません、遅くなって。私も聖女の力の解放が先ほど終わりました。とは言え私一人ではあの女神に勝てるとは思えません。すみませんが、力を貸してください」
「そうだガレット。一人で無理をするものじゃない。お前自身が言っていただろう。婚約者である私を助けてくれと」
「デュオ……」
「俺はお前の婚約者なのだ。いや、王子としての責務もあるが、それ以上に、お前には俺と共にこれからも歩んでほしい。であれば、お前の敵であるあいつは俺の敵でもある。だから共に倒すぞ。ガレット」
「ありがとう。デュオ」
「イーロン! 気を付けて!」
「フェリも無理しちゃだめだよ。これからも一緒に歩いていく予定なんだから」
……何故か名前も思い出せない彼女たちだが、その親密そうな雰囲気に、大事な何かを引き出されるような、気がした。
「ったく腹立つわね。私が一人身だと思って! やりなさい!」
影から伸びる靄、靄が分裂し、黒い豪雨となって、名前が思い出せない彼女たちへと降り注ぐ。いや、私がそうしている。意図したわけでもないが、体が勝手に動く、と言う感じ。
「ガレット!」
「フェリ!」
男子たちの叫び。少女達を抱きしめたのを最後に、黒い豪雨に呑まれ、積み重なった黒いドームの中に、その姿を消してしまう。
「あら、思ったよりあっけなかったわね。まぁ良いわ、これなら……」
「何がこれから、ですか?」
黒いドームの中心部が輝き、爆散。真っ白な光に包まれた黒の豪雨は、蒸発するかの様に消え去り、現れたのは男女の四人。
「チヒロ! あなたのこと、絶対助けるから!」
その中の一人、ブロンド髪の少女がこちらへ向けて叫んだが。
チヒロ……? それは誰の事? あなたは、一体何なの?
「もう遅いわ。彼女の記憶にあなたの存在は既に無い。いくら叫んでも何も変わらないわよ」
「そんな事はありませんわ! チヒロは、チヒロは、わたくしの運命を変えてくれました! 聞こえているんでしょう! チヒロ! 今度はあなたが、あなた自身の手で! 自分の運命を切り開いて!」
「マーガレット!」
「フェリス! お願いです! 力を貸して! わたくしの大事な人が、今黒の女神に捉われているの!」
「うん。勿論。これまでずっと私の事を助けてくれたマーガレットに、今度は私がお返しをする番だから。黒の女神。覚悟しなさい!」
「私も忘れてもらっては困るな。ガレット」
「そうだよフェリ。僕だっているんだから」
再びこちらをじっと見据える男女四人。本来ありえなかったはずの……ありえなかった? いや、なんでそんな事が分かるの……。どうなって、私は、私は一体、何が……。
でも、この感覚は、決して嫌なものじゃない。
「ちょっ! なんなの! どうなってるのよこれは!」
戸惑いと戸惑いと。記憶に無いのに、何故か心温まる涙が流れそうな感覚と、動かしたいのに自分の思うように動かない自身の体への違和感。
「これは……どうなっているんだ?」
「チヒロ! 今助けてあげる! フェリス! 力を貸して!」
「分かったマーガレット!」
私をチヒロと呼ぶブロンド髪の少女と、茶髪の少女が手を合わせ、額を重ねる。白い眩い輝きが、二人の体を包み込む。
「な、まちなさ……何で体が動かないの! どうして!」
「ガレット、頼んだぞ」
「フェリ、周りは任せて」
彼女らを守るべく、剣を構える二人の男子。
私は上がろうとする腕を、前に進もうとする足を懸命に止める。何故か、それをしなければいけない気がしたのだ。
「「滅せよ! 黒の女神!」」
二人の体から発せられた、眩い輝きが周囲を包み込んだ。
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