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夢を見た。いや、正確にはマーガレットの夢なのだろう。
瞼の裏、黒かった光景に、少しずつ光が差し込んでいる。
聞こえる声に耳を傾け、マーガレットのものと思われる夢を、私は映画の様に鑑賞していた。
―――
これは、わたくしの子供のころの記憶? 目の前には、みすぼらしい格好をした大人の男。
そうだ。久しぶりに街の中にやってきて、置いていけと言われていたのに、大事だったお人形を街の中に持ってきて。雑踏の中、人にぶつかって大事な人形を落としてしまって。必死になって周囲を探せば、黒猫がわたくしの大事な人形をくわえていて。
「待つのです! マーガレット様!」
通りがかった猫に人形を連れ去られてしまった。街に出たことは秘密ですぞ、と同行してくれたじいやの声も無視して、わたくしは必死に猫を追いかけて、気付けば人気のない路地裏に迷いこんでいて。
「そんな……」
「おいおい、随分と良い身なりのガキがいるじゃねぇか」
「えっ……?」
ひょいひょいと逃げる黒猫。必死に追いかけたものの、路地裏の高台に逃げられてしまう。上がろうと決意を決める前に、声が聞こえてきて。
後ろから聞こえた声に振り向けば、みすぼらしい格好をした男性が二人。
ずいずいと距離を詰めてくる二人に、見下ろされるその下卑な視線に、思わず恐怖して、わたくしは、足が動かなくなって。
「売り飛ばしたらいい値段になりそうじゃ……ぎゃあっ!」
「な、なんだ! うぐっ!」
ひゅんと、風を切る音。
いつの間にか、大きな男二人の両足に、深々と矢が突き刺さっていて。
崩れ落ちる男達から距離を取り、周囲を見まわせば、屋根の上に立つ同年代くらいの男の子がいて。
再び風を切る音が上からやってきて。
「ニャアッ!」
びっくりしたのか、黒猫はくわえていた大事な人形を落とした。
屋根から飛び降りた男の子は、身軽な動作で人形を確保、そのまま段差をひょいひょいと降りて、わたくしの所にやってきて。
「こんな所で何をしている」
改めて見えた姿は、やはりわたくしとほとんど変わらないぐらいの年齢。鮮やかな金髪、髪と同じように輝く金の眼が、わたくしの姿を映していて。
「あ、そ、その人形を……」
「これか?」
「は、はい。取られてしまって……追いかけてきたらこんなところまで」
「はぁ……」
呆れられてしまった。
その後、ため息と共にスッと出てきた人形と、男の子の手。
「これは返しておく。だがお前、この辺りは治安も悪くて危険なのを承知の上で、ここまできたのか?」
「……え?」
「その様子だとそうでもなさそうだな。帰り道は覚えているか?」
「あ、いえ……」
「こ、このガキィ! ぎゃあっ!」
覚えているわけもない。通ってきたはずの道を見ても、とりあえず薄暗い雰囲気と、退廃的な匂いが満ちているだけ。嗅ぎ慣れない匂いに、少し気分が悪くなってくる始末。
そんな中、足を怪我している男性が立ち上がり、襲い掛かってきたのを、彼は隠し持っていたナイフで一閃。気付けば男の手にナイフが刺さっていた。
「ぎゃあぁ! いてぇ、いてぇよぉ!」
「とりあえず表通りまで案内してやる! 着いて来い!」
「えっ!? えっ?」
「お前、ここでその服を全て破られて裸にされたいのか?」
「なっ! い、いえ! そんな事は……」
「じゃあ黙ってついて来い。俺の気が変わらないうちにな」
気付けば彼に手を掴まれ、路地裏を走り始めていた。
「あ、あのっ!」
「なんだ?」
「あ、ありがとう、ございました!」
「礼は良い。たまたま通りがかったところを助けただけだからな。ただ、俺をここで見た、と言う事は黙っておいてくれ」
「あ、はい」
「ちなみに聞いていなかったが、お前の名は?」
「ま、マー、ガレットです」
「ガレットか」
「ち、違います! マーガレットで「着いたぞ」」
結局訂正も出来ぬまま、視界に広がった表通りの光景。
明るい人々の喧騒が耳に届いた。走り続けたからか、息も切らしていて。
「じゃあな。ガレット。もうこんなところに来るんじゃないぞ」
「あ、ちょっと……え?」
気付けば男の子は、雑踏に紛れて姿を消してしまった。男の子から名前も聞けず、その後じいやから大層心配されたうえ、帰りの道中では小言も尽きなかった。
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