14 緊急事態

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14 緊急事態

 三人並んで手を繋いで、玄関に向かって校内を歩く。殆どの生徒が練習試合を観に行っているらしく、すれ違う生徒はほぼ居ない。  が、居ないわけではないので、すれ違う度に、なんだろうあれ、というような視線を向けられる。 (こういう場合は逆に堂々としてたほうがいいからね。恥ずかしがってたり、不安そうにしてると、それこそ注目されちゃう)  結華はそう思って、この状態を『普通』であると念じ、進む。そうして廊下を歩いていると、 (うげっ!)  結華は心の中で顔をしかめた。  なぜなら、前から律がやってくるのが見えたから。そして律も、こちらに気づいたようで、盛大に顔をしかめた。 「ちょっと遠回りしよっか」  結華は小声で二人に──主に伊織に言う。 「? どうしてですか?」  伊織は律がヤンキーだということを知らないのか、それとも引っ越しの時の律を見ているためか、律への警戒心が全くない。 「えっとぉ……」 「そのまま行けばいいよ。変なことは起こんないだろうし」  能力で律を悪いやつじゃないと判断している湊も、そのまま歩く。 「う……」  結華は二人に──特に湊に、少し引っ張られるようにしながら、そのまま歩く選択をせざるを得なかった。 「……」  律も今まですれ違った人と同じように、なんだコイツら、と言いたげな視線を向けながら歩いてくる。そして、向いていた顔が一瞬奇妙なものになり、次にはその目を見開き、眇める。 「……おい、そこの三人。特に黒髪」  律は立ち止まり、結華達を見ながらそう言った。  湊は銀髪で、伊織は明るい茶色の髪だ。黒髪なのは結華だけ。 (……バレたか)  結華は敢えて笑顔を作り、 「私ですか?」  と律へまっすぐ顔を向けた。 「……お前……」  律は警戒しているような顔で、結華を上から下まで眺め、 「……あれは忘れろ」  そう言って、結華達の横を通っていった。 (…………何も起こらなかった………)  結華はほーっと息を吐く。 「中館さん、どうしたんですか?」 「一緒のアパートなんだから、仲良くしたいよなぁ」  伊織と湊がそう言うと、後ろから足音が近づいてくる。 (嫌な予感しかしない) 「おい」  結華の真後ろからドスの利いた律の声が聞こえ、その上、結華の肩を掴んできた。 「……何か?」  結華はまた笑顔で、振り向く。 「……チッ。……こいつは分かる」  律は伊織へ目を向けたあと、 「その転校生があそこに住んでるのも知ってる。が、俺は仲良くする気は毛頭ねえ。関わんじゃねぇ」 「そんなこと言うなよなぁ」  それに答えたのは湊だ。湊は結華から手を離し、律へと振り向くと、 「アンタさ、ああいうまどろっこしいやり方やめなよ。もっと良い解決方法があると思うぜ?」  律はその言葉に目を見開き、そして湊を睨みつけ、 「……何の話だ」 「あれじゃあきりが無いって話だ」  湊は肩を竦める。 「……テメェ、何を知ってる」 「ちょっとした謎解きだよ。お前は悪いやつじゃないからな」  それに虚を突かれた顔になった律は、けれどすぐにまた、湊を睨みつける。 「話の全容が見えないのはいいですけど、そろそろ、手を離してくれませんか?」  結華の言葉にハッとして、律は少し慌てた手付きで結華の肩から手を離した。素直に離されると思っていなかった結華は、少しばかり面食らう。  加えて、律の顔を近くで見て、少し抱いていた疑問が、結華の中で確信に近くなる。 「……中館さん、体調大丈夫ですか?」  それに今度こそ驚いた顔になった律は、瞬間的にバツの悪そうな顔になり、結華を睨みつけ、 「知るか」  くるりと背を向けて歩いていってしまった。 (……。そういうの、語るに落ちるって言わない?) 「不器用だなあ」  苦笑いしている湊の声が聞こえていないはずがないのに、律はそのまま歩いていく。そして廊下を曲がって、その姿は見えなくなった。 「中館さん、具合悪そうに見えたんですか?」 「んーとね。引っ越しの挨拶の時と比べてだけどね。顔色が悪いし、ダルそうだし、猫背で歩いてたから分かりにくいと思うけど、フラついてた。と、いうのを材料にして、そういう推理をしてみたんだよ」  伊織の疑問に、結華はそう答える。 「まあ、そうだろうな。おれにもそう見える」  湊もそう言いながら、もとの向きへと直り、結華の手を取って。 「けど、自分からは言わないだろうな。ああいうやつ、素直じゃないから」  と言った。  ❦ 「で、ことの詳細を知りたいんだけど」  家に着いた結華達は、そこでそれぞれ別れ、結華は一度家に戻り、魂の回復のために湊の部屋を訪れていた。そして部屋のローテーブルを借り、湊と背中をくっつけるようにして宿題をしながら、結華は湊へそう尋ねる。 「それ、律の?」 「そう。あそこまで意味深に言われると気になる。それに、湊は私の推測におれにもって言った。体調崩してること確定じゃん。……てか、ここに住んでること知ってたんだ?」 「まあな。気配で。で、そーだなー……どう言うべきか……なあディアラ」 「クルゥ」  ディアラの顔をこねていた湊に、 「真剣な話だからね」  と、結華が言う。 「結華さ、アイツはヤンキーだから近づくなって言ってなかった?」 「ヤンキーだとは思ってる。けど湊が嘘を言う理由が思いつかない。それに、中館さんはここの住人。体調を本気で崩して倒れるとか、そういう何かが起こる可能性があるなら、その前に改善しないと」 「……結華はほんと良いやつだなぁ。で、じゃ、話すけど。ヤンキーの件は一旦置いといてだな。律の心身が疲弊してるのは確かだ。──ディアラ」 「クルゥ」  結華が後ろへ振り向くと、ふわりと飛び立ったディアラが、スゥ、と消えていくところだった。  湊は結華へ顔を向け、 「今、ディアラに律の様子を見に行ってもらってる」 「へ」 「ディアラも律の気配を覚えたからな。外に行ってても追える──」  説明していた湊の表情が、真剣なものに変わった。 「……結華」 「なに、緊急事態?」 「緊急事態。律、部屋で倒れて、意識を朦朧とさせてる」 「はあ?! マジの緊急事態じゃん! ちょっ、早く行かなきゃ!」  結華は慌てて立ち上がり、 「ごめんちょっと様子見てくるね! 待ってて!」 「待った」  湊もそう言って立ち上がり、 「おれも行く」
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