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「はあもう、もういい。この話終わり」  結華は律の前で正座になると、 「で、そもそもなんで空腹で倒れてたワケ?」  すると律は、苦い顔になり、顔を逸し、 「こっち向きなさい」 「っ」  結華に両手で顔を挟まれ、その向きを戻される。 「体調が悪いの? 言いにくい理由なの? 私に言いづらいなら、お父さんとお母さんに話を通す手もあるよ?」  律は視線を逸し、 「……金が無い」 (……シンプルぅ……) 「一円もないの? 保護者からの資金援助も無理なの? バイトとかは?」 「……ない、訳じゃない。けど、あれは緊急時用のやつだ。それに額も少ない。親は当てにならねぇ。気にかけてくれてるいとこも、社会人になったばっかだ。余裕はねぇ。バイトは、……受かんねぇ」 「なんでバイト受からない……かは、相性にもよるか」  結華は律から手を離し、「うーん」と考え、 (問題は金銭的なものな訳ね。で、バイトに受からない。……あ) 「ねえりっちゃん」 「あ?」 「喫茶店のスタッフ、興味ある?」 「は?」  ❦ 「で、話に区切りはついたってことでオッケー?」 「だからそう言ったじゃん」  戻ってきた湊達に、結華が呆れながら言う。 「まあそれなら良いけど。で、あのムラクマってのについては聞いてもいーの?」  並んで座る結華達の前に、湊と伊織も座る。 「あー、まあ……良いよね?」  結華が律へ顔を向けると、 「別に」  律はどうでも良さげな声で応える。 「……本人から了承を得ましたので説明しますが」  律の横に座る結華は、少しイラッとさせられた気持ちを追いやると、 「私とね、中館さん……りっちゃんはね、同じ幼稚園に通ってたの」 「ほうほう」  軽く相槌を打つ湊と、緊張して話を聞いている伊織へ、 「でね、私達が三歳くらいの頃、りっちゃんがね、あ、その時は『りっちゃん』と『ゆいちゃん』って呼び合ってたんだけど。りっちゃんが引っ越すことになってね。私は、忘れないでねって、自分で作ったムラクマ……紫のクマだからムラクマなんたけど、さっきのを渡したの。っていう経緯」 「へー。それで高校で再会?」 「お互いに気づいたのは今だけどね。……あのかわいいりっちゃんがヤンキーになってたなんて……」 「ヤンキー?」  結華の言葉に、伊織が首を傾げる。 「中館さんってヤンキーなんですか?」 (やっぱり知らなかったのか……) 「聞かれてるよ」 「……まあ、俗に言うそれだ」 「あんなに礼儀正しいのに……?」  引っ越しの際の様子を思い出しながら言っているんだろう。伊織はまた、首を傾げる。 「伊織。律はヤンキーつってもな、根は良いやつだから、今まで通りの認識でいいと思うよ?」  湊の言葉に、「あ、そうなんですか?」と伊織は素直にそれを受け取る。 「なんでもバカ正直に受け入れるなよ。四月一日」 「え?」 「……佐々木は悪いやつに見えねぇが、そう言って騙してくるやつだって山のようにいる。なんでもかんでもまっすぐに受け取るな」 「急に先輩ぶるじゃん」  そう言った結華に、 「あ?」  律は威嚇の顔を向ける。 「……あの……」  伊織は少し俯いたあと、律へ顔を向け、 「心配してくださって、ありがとうございます。……でも、僕も、世の中良い人ばかりじゃないのは、それなりに理解しています。だから──」  へにゃりとした笑顔になり、 「そう言ってくれる中館先輩も、結華先輩と湊先輩とおんなじに、良い人なんだなって、思えます。だから、ヤンキーでもなんにも問題ないです」 (なんて良い子なんだぁ……!) 「四月一日くん」 「はい、はっいっ?!」  結華はがっしりと、正面にいる伊織の手を握り、 「なにか困ったことあったら言ってくださいね? 何もなくても言ってくださっていいですからね?」  あの、うなされていた伊織を思い出しながら、結華は真剣な顔つきで言った。 「は、は、はい……」  伊織は顔を赤くして頷いたあと、 「……あ。……あの、それでは、ふ、二つ? 良いですか……?」 「なんですか?」 「あ、あの……なんで、敬語なんですか……? 学校では普通だったのに……」 「あ、それは、私が今大家の娘という立場だからです。けど、気になるんでしたら普通に喋りますよ」 「じゃ、あ、敬語は無しでも良いですか……?」 「うん、分かった。これでいいかな?」 「は、はい……」 「それじゃ、あと一つは、なにかな」  結華の微笑みながらの問いかけに、伊織は更に顔を赤くして、少し目を彷徨わせながら、 「……そ、その……」 「うん」 「名前、を……その、名字じゃなくて、伊織って呼んでくれませんか……?」 「伊織くん?」 「く、くんは、無しで……」 「伊織?」  これでいいのかと、結華は首を傾けながら、名前を口にする。 「っ……!」  伊織は更に顔を赤くして、 「は、はい…………」  こくり、と頷いた。 「……話、終わった?」  湊のそれに、「はっ、はい! 失礼しました!」と伊織は背筋を伸ばす。 「じゃ、食糧問題のほうは突っ込んでいいの?」  湊がまた、話の中身を律のものへと戻し、聞いた。  伊織から手を離した結華は律へ顔を向け、言っていいか暗に問いかける。 「問題解決の目処は一応立った」  そしたら、律が先に口を開いた。 「食ってなかったのは金がなかっただけだ。その金を稼ぐためのバイト先を、結華に紹介してもらうことになった」 「へー……一個聞いていい?」 「あ?」 「ゆいちゃんって呼ばなくていいの?」 「ぶん殴るぞテメェ」 「悪い悪い。じゃ、問題は収まった感じするから、グループ作るか」 「あ、そうだった」  結華は伊織から手を離すと、再びスマホを取り出す。 「あ、は、はい」  伊織も取り出し、 「……」 「りっちゃん」  律も渋々といった様子で取り出した。 「んじゃ」  湊もスマホを取り出し、四人でグループを作る。 「名前どうする?」  湊の問いに、 「どうでもいい」 「え、えっと……えっと……」  結華はそれを見て、 「なら、柏木荘は? ご近所付き合いのグループだし」 「採用」  そして『柏木荘』というラインのグループが出来上がった。 「でさ、話は変わるけど。律はどんなバイト受けんの?」  湊の質問に、 「近所の喫茶店のスタッフ」 「あ、そこね、私も働いてるところなんだよね。店長良い人だし、ずっと人手が足りないって言ってたから、話は聞いてくれると思うんだ。さっきラインでそのこと送っておいたけど」 「……あ」  伊織の呟きに、「うん? なんかあった?」と結華が反応する。 「いえ、その、僕もバイトしようかと思ってて……そこ、もう、満杯ですか?」 (満杯……) 「んっとね、そこは個人経営のお店でね。満杯……ではないと思うけど……店長のキャラが濃いからなぁ……」 「お前、そんなとこに俺を行かせようとしてたのかよ」 「いやだからさ、私はそこで働いているわけね。で、りっちゃんならたぶん気に入ってもらえて採用されると思うのね。店長との相性もいいと思うんだよ。……聞くだけ聞いてみよっか?」 「お、お願いします……!」  ピシリ、と固くなった伊織の横で、 「なあ、その店長ってどんな人? 写真とかないの?」 「ああ、これ」  湊の言葉に、結華は画像をスマホに表示させ、三人に見せる。 「……」 「な、なんかキラキラしてる……」 「おお、イケメン」  そこには、肩を超す赤い髪をハーフアップにしてこちらに微笑む、国宝級ですか? と言いたくなるほどの美貌の持ち主が写っていた。 「あ、一応言っとくけど、店長女性だからね」 「「「え」」」  三人の反応に、結華は苦笑する。 「この顔とさ、百七十超す身長と、低めの声でさ、男の人と間違われやすいんだよね。本人は外も中も女の人なんだけど」 「へえー……」 「……」 「は、あ……」  結華は、驚いているような、感心しているような三人の顔を──特に伊織の顔を見て、 「……伊織、考え直す?」 「え?」 「いや、店長の顔見て、気が変わったかな、て」 「あ、いえ、それは。全然問題ないです」  ふるふると首を振る伊織に、「そっか。分かった」と結華は画像を閉じた。
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