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23 何かしらの縁
(どうしよう……いや、どうしようもない……)
家にとぼとぼ帰りながら、結華は、ここまでのことを頭の中で整理しようとする。
(私が彼氏がほしいって願ったから、こうなった。で、神様は『私と何かしら縁を持つ者』として、あの六人をアパートに呼んだ。縁を……縁……? 伊織と大鷹先輩と唐沢さんとの縁って何?)
立ち止まり、考える。
(伊織は、もう仲良くなっちゃったけど……あ)
そこで、今日の男子バスケ部の練習試合の時のことを思い出す。朝陽が結華に気づき、笑顔を見せたことを。
(わざわざ私を見て笑った。私が大家の娘で面識があったから? ……いや、まさか)
結華はそこで、バスケというスポーツが、体育以外で自分にも関わりがあったということを、思い出した。
(お兄ちゃん……小学生の時に一年間だけ、バスケのクラブに通ってた)
結華には、三つ上の兄がいる。その兄──恵太は今、大学に通い、一人暮らしをしている。恵太は小学三年生の時の一年間、子供向けのバスケットボールクラブに通っていた。結華は親に連れられ、時々それを見学しに行っていたのだ。そしてそこに、結華と一つしか違わないのに、とてもバスケが上手い少年がいた。
(……まさか)
結華はその少年と、少しだけ話をしたことがある。といっても、バスケが上手いその少年のことを結華がすごいすごいと褒める、というか、はしゃいでいただけなのだが。
『すっごいね! シュッ! ってやってパってなってスポンって!』
『そ、そうかな』
結華の勢いに押されてか、少年は戸惑いながらも、嬉しそうに言う。
『そうだよ! すごいよ! えっと、タカ、くんだっけ? タカくんはセカイでやってけるよ! セカイのタカくんだよ!』
『せ、世界って……』
そんな話をしているうちに、結華は母に呼ばれ、『じゃあね!』と少年と別れた。けれど、それから間もなくして恵太はクラブを辞めてしまったので、少年と話せる機会はなくなってしまったのだ。
(お兄ちゃん、飽き性だったしなぁ……じゃなくて。今はそこじゃなくて)
その少年は、周りに『タカ』と呼ばれていた。
(タカ……鷹……大鷹……いや、いやいやいや)
まさか、あれが?
「あれ?」
「?!」
後ろからの突如の声に、結華の肩が盛大に跳ねた。バッと後ろを振り向けば、
「あ、ごめん。驚かせちゃったかな」
男バスのジャージを着た朝陽が、結華から二、三メートルの所に立っていた。
(な、ど、なぜここに……?!)
二重の驚きで心臓がバクバク言っている結華だが、知り合いなので、そのまま立ち去るわけにもいかず、「こ、こんばんは……大鷹さん……や、大鷹先輩……?」と愛想笑いをしつつ挨拶する。
「こんばんは、如月さん。ごめんね、驚かせるつもりじゃなかったんだけど……軽くランニングしてて、帰ってきたとこだったんだ」
(ランニングって……先輩、今日、練習試合がありましたよね?)
疲れてないのだろうか。それともこれが、紅蘭の男バスが強い由縁か。
「如月さんはどうしたの? こんな時間に──あっ、ごめん。じゃなくてすみません。敬語が抜けてました」
結華の隣に歩いてきた朝陽は、ハッとした顔をして、口に手を当てる。
「いえ、そんな、全然。高校の先輩ですし」
手を振って言う結華に、
「そうかな……じゃあ、今度からもこんなふうに話しかけていい?」
「はい、もちろん──」
(…………はい?)
今度からもこんなふうに話しかけていい? とは。
「本当? ありがとう」
(うわ眩しい! 夜なのに笑顔が眩しい!)
「で、如月さんはなにしてたの? こんな時間に一人は危ないよ?」
「あ、いや……ちょっと眠れなくて、散歩、みたいなことを」
「そうだったんだ。なら、如月さんが良かったらだけど、付き添っていい? 深夜に一人は危ないし」
「あ、いえ、もう帰るところで」
「それなら、一緒に帰っていいかな。俺も、もうランニング終盤だったし」
「あ、は、い。では……お言葉に甘えて……」
そして、結華の隣に来た朝陽は、「じゃあ、帰ろうか」と、また眩しい笑顔を向けてくる。結華はなんとかそれに応え、連れ立って夜道を歩く。
「あ、そうだ」
朝陽が思い出したように声を上げた。
「今日の練習試合、見に来てくれてたよね」
「あ、はい」
「嬉しかったよ。ありがとう」
「は、はい……」
この人は周りに対していつもこのような感じなのだろうか。だからモテるのだろうか。結華は笑顔に愛想笑いを返しながら考える。
そして、歩きながら、思い出したバスケットボールクラブについても考えを巡らせ、なんとかぼやっとしたあの少年の顔を思い出そうとし、それが朝陽かどうか確認したくて、チラチラと朝陽を見てしまう。
「どうかした?」
その視線に気づいたらしい朝陽が、優しげな笑顔を向けてきた。
「あっいえ……そういえば、兄もバスケをしていたなぁ、と、思い出してまして」
「お兄さん? 如月さん、お兄さんがいるんだ」
「はい。今、大学二年です」
(ここだ! ここで話を繋げるしかない!)
結華は勇気を振り絞り、当たり障りのないように言葉を続ける。
「……で、その兄なんですけど、小学校三年の時、村田バスケットボールクラブっていうところに通ってまして」
「……そこ、俺も通ってた……やっぱり……」
朝陽の足が止まる。結華も歩みを止めざるを得ない。
「……あのさ、如月さんのお兄さん、間違ってたらごめんなんだけど、恵太って名前で合ってる?」
「はい。如月恵太です」
「如月さん……あ、いや、結華さん、時々、クラブに来てた……?」
「……行ってました。親に連れられて。……あの、人違いだったらアレなんですけど……先輩、クラブで『タカ』って呼ばれてました……?」
「うん、呼ばれてた。大鷹の鷹でタカ。……結華さんさ、俺と話したことあるんだけど、覚えてるかな……?」
真剣な、そして不安そうな顔をして聞いてくる朝陽に、結華は覚悟を決め、
「覚えてます。セカイのタカくんって、……いや、すみません。あの時は幼かったから……」
自分で言って、恥ずかしくなった結華は、朝陽から視線を逸らす。
「……いや、あのぐらいの年はそんなもんだよ。言われたこっちも嬉しかったし……」
結華がちらりと朝陽を見れば、苦笑しているだけで、ほかに読み取れそうな情報は無い。
だが、タカくんが朝陽だったことが、これで確定した。
(神様は嘘を言ってない……)
「ほら、帰ろう」
「あ、はい」
そしてアパートに着いて、互いに「おやすみ」「おやすみなさい」と言って、結華は家に、朝陽は部屋に入っていった。
「……」
二◯一の玄関で、ドアを背にして閉めた朝陽は、
「覚えてて……くれたんだ……」
その場にしゃがみ込み、赤くなった顔を下に向ける。
「どうしよう……寝れるかな…………いや、まず、シャワー浴びよう……」
はぁ……とため息を吐いた朝陽は、赤い顔のまま立ち上がった。
❦
(唐沢さんは大学二年生……)
朝起きて、歯を磨きながら、結華は考える。
自分と縁のある者を選んだ。
今のところ、分かっている全員が紅蘭の人間──たぬきもいるけど。
そして、紅蘭高校は、私立紅蘭大学の付属校だ。
(唐沢さんは、紅蘭大学の二年?)
ここまで条件が揃うと、そんな推理をしてしまいたくなる。
だが、それを確かめるすべがない。本人に直接聞くわけにもいかないし、大学に行ったところで、紅蘭大学は広い。そのうえ総合大学で、学部や学科などを絞るのも困難だ。
(ここまで来たらもう、全部すっきりさせちゃいたいんだけど……)
結華と大学の接点は、大学の文化祭に、香菜と美紀と行ったことと、高校一年の夏休みと冬休みの最初の一日ずつ、高校の決まりとして、大学の敷地を案内されたことくらい。夏休みと冬休みの時は、大学生はもうとっくに夏季休暇と冬季休暇に入っていたから、大学の先生とサポートの学生に敷地と構内を案内されただけ。そのサポートの学生の中に、鏡夜は居なかった。
(だから、何かあるとすれば、文化祭の時だと思うんだけど……)
文化祭は逆に、色々とありすぎてどれがなんだか分からない。男装女装カフェ、お化け屋敷、絵画展、劇、ライブ、外から俳優や芸人を呼んだりもしていた。学部の幅が広すぎるためか、学生の熱意がすごいのか、何でもありだった。そしてどれも、クオリティが高かった。
(……イラスト描いてもらったりもしたな。狐のお面の人に)
結華は、部屋に飾ってある水彩イラストを思い出す。
一枚五百円、その人を見て、思いついたものを描く。そういうコンセプトを売りにしていたそこに、三人で一人ずつ描いてもらったのだ。
香菜は、月が浮かぶ夜空を見上げる子犬。
美紀は、ピンク系統の色で抽象画。
そして結華は、水中を泳ぐ、白猫のように見える架空の生物が描かれたものだった。
五分もかからなかったそれは、その短い時間だというのにとても丁寧に描かれていた。
その狐の面の人は喋らない、という設定らしく、『タイトルは自分でつけてね』と、書かれたボードを見せ、結華にそのイラストを渡した。
結華はそれのタイトルを『水猫』と決めて、百均で買った額に入れ、棚の上に飾っている。
(あの狐の面の人だったり……? いやでも、座ってたから、背の高さが分からないな)
そうして色々と考えているうちに、朝の支度を終えてしまった。
(……まあ、いいか。分かんなくても)
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