6 詐欺に遭うタイプ

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6 詐欺に遭うタイプ

「まずですね。単刀直入に言いますが、あれだけでは何がなんだか分かりません」  まだいくつかダンボールが置かれた部屋で、「空いてるとこ座って」と言われた結華はその言葉に従い、空いているスペースに腰を下ろし、 「で、確認って?」  と聞いてきた湊へ、少しキツめの声で言った。 「え? だから、魂を、」 「もっと詳しく教えてください。できる限り詳細に。癒やすための距離についてとか、それにかかる時間とか、どれだけ癒やさないでいるとどれほどのダメージになるのかとか。時々でいいと言ってましたが、情報が足りなすぎて、その時々も全然分かりません」  結華が一気に言い切ると、湊は呆気に取られた顔をして、 「……アンタ……ほんとに良いやつだな……」 「しょうがないじゃないですか。最悪死んじゃうんでしょう? そんなことになって欲しくありません」  そして結華は、スマホのメモアプリを起動させ、 「さあ、話してください」  と、湊に迫る。 「……なんか、悪いことしてる気分だな……」 「いいから、早く」  湊は頭をかくと、 「時間とか、量とか、単純な話じゃなくてな。これ、心身に左右されんだ」 「心身に」 「そ。元気な時は、魂もいつもより頑強になって、摩耗するのも遅くなる。けど、元気がなくなったり、病気になったりすると、途端に魂は削られていく。だから大抵のやつはな、魂を癒やすためのものは、生き物とかじゃなく、身に着けやすい無生物を選ぶんだ」  湊はため息を吐いて、 「あっちの世界ではそういう力を持った石とか伝説の生物の骨とかごろごろあったから、みんなそういうものに頼ってた。けど、この世界は違う。そんな都合のいいもんなんて転がってない。……おれは病気にならないように健康的な生活して、山の奥深くの清浄な空気を取り込んで食いつないで、そうやって生きてきた。だから、結華を見つけた時、あのクソ神のことをちょっと見直した」 「……クソ神?」 「おれをこっちに転生させた、前の世界の神だ」 「はぁ」 「で、話を戻すけど、結華は生きてる。それも動物とかじゃなく、おれと同じ人間だ。四六時中側にいさせることなんて出来ない。……生まれてからここまで、ずっと癒やし無しで生きてきた。だからなんとか、癒やしは最低限あればやってけるとは思う。……けど、ここにはあんまり清浄な場所がない。から、たぶん、一、二週間に一回くらい、手を繋ぐとか、それくらいは頼んないといけない」 「どのくらいの時間手を繋げばいいんですか?」  結華の質問に、湊は目を丸くした。 「……本気で言ってる?」 「冗談に聞こえます? 生死が関わってるんですよ、これ」  湊は、真剣そのもの、な上に、少し怒っているような結華を見て、困ったように笑って、 「時間は分かんない。そもそもここ、新しい環境だし。慣れるまで魂も不安定だ」 「なら、一、二週間じゃ心許なくないですか?」 「そんなに頼れないよ。アンタは善人だ。けど、他人だ。そんな簡単に、今日初めて会ったやつに、ここまでする必要なんてないよ」  湊は苦笑して、 「結華を見つけられたんだ。もしかしたら、似たようなものを見つけられるかも知んない。それまで頼らせてもらうよ」 「……」 「だからさ、」  湊の言葉の続きを聞く前に、 「──は」  結華は、ダンボールの上に乗っていた湊の手を握った。 「なにすんだよ」 「……限界だったって言ってましたよね。まだ、全回復? してないんじゃないですか?」  その言葉に、湊は苦い顔になる。 「一回全回復するまで、こうしてます。良いですよね?」  湊は苦い顔のまま、ため息を吐くと、 「……その距離と、手だけの面積じゃ、全回復するまで半日はかかる、と思う」 「なら」  結華は、湊との間のダンボールをズイ、と横に退かし、 「また、あの時みたいに抱きしめれば、その時間も短縮されますよね?」  と言いながら、湊へ近寄っていく。 「お前、バカか?」 「何か間違ったことを言ってますか?」 「……そうじゃなくて」 「なら、良いじゃないですか」  迷うような、躊躇うような表情で、けれどやはり、癒やしが必要なのだろう、湊はそのまま動かずにいる。 「ほら」 「……あとで怒ったりすんなよ」 「しませんから安心してください」  目の前で腕を広げた結華を、湊はおずおずと抱きしめた。 「…………」  湊が、安心したように細く息を吐く。 「……ちなみに、これでどのくらい経てば全回復するか、見当はつきますか?」  結華も湊へ緩く腕を回しながら、聞いてみる。 「分かんない。けど、ちゃんと回復してってる」 「……まあ、それなら一応良かったです。……目に見えて状態が分かるものとかあればいいんですけどね……」  そういう道具があれば、少しは安心できるのに、と結華は思う。 「ほんとにな。そうすりゃ、こんな迷惑かけずに済む」 「迷惑ではないので大丈夫です」 「は?」 「これは人助けなんですから、迷惑だなんて思いません」 「あ、ああ……そういう意味ね」  そのまま時間は過ぎてゆき、暇になってきた結華は、しりとりでもしましょうかと、声をかけようとして。 「……おれ、ほんとはさ、あと一ヶ月も保たないと思ってた……死ぬんだと思ってた……」  湊の震えながらの言葉に、息を呑む。 「結華と会えて良かった……ほんとに……良かった……ごめん……」 「謝る必要なんてないです。私に変に気を遣ったりしないで、魂癒やして、元気になってください」 「うん…………」  抱きしめる力が強くなったけれど、結華はそれを気にせず、自分からもしっかりと、湊を抱きしめた。  数時間ほどして、湊の手が緩む。 「もう大丈夫なんですか?」 「大丈夫、だと思う。こっちに来てから、魂の傷を全部癒やすなんて、したことなかったから、ちょっと感覚が分かんないけど」 「ならもう少し」  腕の力を強めた結華に、 「いいよ! もういい! 駄目そうなら呼ぶ!」  湊はそう言って、結華を自分から引き剥がす。 「じゃあ、何かあった時のために、ライン交換しましょう」 「え? あ、ああ、なるほど……」  そして連絡先を交換し、結華は、あることに思い至る。 「そういえば、佐々木さんの通ってる学校はどこですか?」 「え?」 「学校で危なくなったら大変じゃないですか。行ける距離なら、何かあった時に対処が出来るでしょ?」 「……アンタ、絶対詐欺に遭うタイプ」 「いいから。どこです」  眼前にまで迫った結華から、湊は困ったと言いたげな顔を逸しながら、 「……えっと、確か、転入したのは、紅蘭って名前の高校……」 「……は?」  目を丸くした結華を見て、湊は呆れた顔をする。 「だから、いいって言ったろ。わざわざ他校に──」 「……他校じゃないです……」  結華は、呆然と呟いた。 「あっそう。なら、……は?」 「私の通ってる高校です……」 「………………マジ?」 「マジです」  二人はまじまじと見つめ合い、 「──良かったぁ……!」  倒れ込むように床に臥せった結華に、湊の体がびくりと跳ねた。 「なっ、……なんだよ……」 「不安要素が減ったじゃないですか……。同じ学校なら接触する機会も増えるし。それに、……これは大家としての入居者さんの個人情報なので外には漏らしませんが、佐々木さん、私と同学年──高二なんですよね?」  ムクリと起き上がりながら、結華は言う。 「え、同学年? そうなんだ。……だとするとどうなるってこと?」 「他学年として教室に訪ねるより、不審じゃないってことですよ。それに、具合悪くなって保健室に行ったりしたら、すぐ連絡くださいね? なるべく早く行きますから」 「……その性格さぁ……」 「なんです。命がかかってるんですよ」  結華の真剣な表情に、 「……うん、分かった。ありがと……」  湊は降参のポーズを取った。
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