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友人が引っ越した。
畳は真新しく、玄関入ってすぐ横手の台所は新品同然で壁紙も奇麗。
お値段たったの2万円の部屋だ。
俺はそこに引っ越すのはやめとけと再三忠告したが、奴は聞かなかった。
そして、友人が引っ越してから数日後……。
「ここ、何か変なんだ」
ちゃぶ台を挟んで、内緒の話をするように小さく呟く友人の顔面は真っ白だった。
「何が?」
俺は変なのはお前だと言外に込めて尋ねた。
「その……アパートの住人が変なんだ」
「……住人?」
友人は頷く。
「そう。挨拶をしても無視されるし、引っ越しそばも受け取ってくれない。おまけに、僕を見るなり皆驚いて部屋に引っ込んじゃうんだ」
重くため息を吐く友人。
「ふーん……」
「「なんだそんなことか……」って顔しないでよ。僕にとっちゃ大問題なんだから」
ふくれっ面を浮かべる友人。
俺は軽いため息を吐き、友人の真っ白な顔を指さした。
「じゃあ、訊くが。お前、その顔のまま挨拶に言ってないよな?」
「行ったけど……なんでそんなことを聞くの??」
奴は首をかしげた。
その時点でアウトだったが、友を見捨てる程俺は人でなしではない。
「なんでもいいから頭にかぶれるものないか? 顔を隠せるものがいい」
俺が部屋を物色しだすと、奴は困惑しながらも押し入れを開けた。
「えっと、UFOキャチャーで取ったこれなら……」
馬の顔面シリコンマスクだった。
なんだ、これ?
「……まあいいや。被れ。そんでもってもう一回お隣さんに挨拶にいくぞ」
「今から? だ、大丈夫かな……」
と奴は不安そうな声を出すが、馬マスクのせいで全然不安そうに見えなかった。
ピンポーン。
チャイムを鳴らすと扉が開いて、若い女性が出てきた。
「はーい、どちらさま……で?」
彼女は俺達を見ると固まった。
そりゃそうだろう。
片方馬面のマスクをかぶった不審人物なのだから。
俺はすかさず馬マスクの友人を紹介する。
「あ、すみませんお昼時に。先日隣に引っ越してきた者と、付き添いの友人です。決して怪しモノではございません」
「は、はぁ……」
困惑継続中の女性。
俺は友人の脇腹を小突く。
今だぞ、挨拶しろ。
「こ、ここここんにちわ! 隣に引っ越してきた田中です! こ、これ引っ越しそばですのでよかったら!!」
そばを差し出し馬マスク面を下げる友人だが、そっちは扉。
体の向きを直してやりながら、俺も頭を下げた。
「まあ、そういうわけですので、以後お見知りおきを」
「あ、は、はぁ……?」
終始困惑しっぱなしの女性にそばを渡してその場を去る。
部屋に戻ると友人は馬のマスクを脱いで、興奮気味に訊いてきた。
「なんで今回成功したの? このマスクのおかげ? どうして前は失敗したんだろう??」
俺は手鏡を取り出して奴の顔を映してやる。
奴には目も鼻も耳もない。
あるのは真っ白な顔と、開かないとわからない口のみ。
人間の姿をしているが、人ではない。
「そりゃ、のっぺらぼうが引っ越しの挨拶にきたら驚いて逃げるだろよ」
呆れて告げると、奴は手鏡をのぞき込んで絶叫した。
「のっぺらぼおだぁああ!?」
「お前じゃい!!」
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