チーーーーーズピザ事件とは?

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チーーーーーズピザ事件とは?

「このチーズ異常に伸びてない?」 親友の浩(コウ)が、箱に入ったピザをひと切れ持ち上げながら大袈裟に言った。 「すげー伸びてるよね?普通のピザのチーズってこんなに伸びないよね?このチーズすごくない?」 確かにチーズは伸びている。 すごくすごく伸びている。 反比例するようにその日の合コンの会話は伸び悩んでいた。 「うん、伸びてるね」 「チーズすごいね」 「早川もそう思うだろう?」 「そうだな」 2人の女性と俺と浩は公園の芝生にビニールシートを敷いて、ピクニック合コンを楽しむはずだった…のにうまくいかない。 強い風と曇り空で冷え込む公園。 テイクアウトのピザはひと切れしか減っていない。 買ってきたビールには誰も触ろうとすらしない。 芝生が硬くて座り心地が悪い。 女性達は疲れている。 俺と浩もこの空気を変えられないまま。 仕方なく『ピザのチーズがすごく伸びてる』なんてどうでもいい話をするしかない。 女性達がなにやらこそこそと話していてかと思うと、申し訳なさそうに俺達に言った。 「あの、私達ちょっと寒気がしてきて。風邪ひきそうだから今日は失礼しても大丈夫ですか?」 「ああ、もちろん」 「帰ったらあったかくしてゆっくり休んでね」 失礼します。と言って女性達は帰ってしまった。 「あーあ」 「初対面でピクニック合コンなんて無茶だよ」 「そうか?本当は家でお好み焼きパーティーにしようかと思ったんだけど」 「初対面で相手の家はキツイだろ。そもそも物騒だし」 そうか?と浩は不思議そうな顔をした。 「だいたいなんでお好み焼きなんだよ」 「シェアすることで愛が生まれるだろう?だから今回はピザにしたんだ」 意味がわからん。 「仕方ない。チーズピザでも食おう」 女性がひと切れ、浩がひと切れ食べただけで残っているピザを手に取った。 「それにしてもこのチーズ、ほんと~によく伸びるな」 「確かに・・・妙だな」 俺の仕事場には職員が二人だけしかいない。 俺と女性の先輩。地下にある狭い部屋に二人きり。 最初は気まずいかなと思っていたけど、先輩はほとんど喋りかけてこないから気が楽だ。 今日は話題にしたいことがあった。例のチーズピザの話を聞いてみたかった。 のらりくらりとしているけど、この先輩は結構勘が鋭い。チーズが伸びた謎も解いてくれるかもしれない。 まずは会話のきっかけとして先輩が食べているお菓子の話題に触れてみることにした。 「先輩、何を食べてるんですか?」 「コンビニのスイーツを食べ比べてるんだ。一つは『こだわり抹茶のバームクーヘン』もう一つは『大人のスイーツシリーズ・抹茶バウム』」 「味はどっちが美味しいですか?」 「同じだね」 「同じ?」 先輩はうなずいた。 「『こだわり』の方はスティック状、『大人の』の方は小さな円形でかたちこそ違えど、味はほぼ同じ」 「まあバームクーヘンなんて、みんな同じような味ですもんね」 「そうじゃなくて、このバームクーヘン両方とも『カワサキ製パン』が作ってるの。裏側の製造元を見ると書いてあるんだ。違うコンビニの商品だけど同じ会社から仕入れてるんだね。下請けっていうのかな?とにかく同じ会社だから、ほぼ同じ味なんだよ」 「なるほど!」 やはり意外と切れ者なのだ。 チーズピザの話にも何か反応してくれるのだろうか? 「このまえ近所のピザ屋さんでテイクアウトしたんですけど、そのピザのチーズがいつもよりすご~く伸びたんです。どう思いますか?」 「どう思うって言われても・・・個人店ならたまたまチーズの量が多かったとか?」 「それだけですか?何か謎解きとかないですか?」 先輩は首を傾げた。 「なんてお店なの?」 「『ピッツェリア・ポポ』とか言ったな。10年前くらいに父親がやってたピザ屋を息子が継いだらしくて、石窯ピザなんですけど値段が安くて重宝してるんです」 スマホでお店のSNSを開いて見せてあげた。 「~このたび父が作った『石窯焼きピザハウス・ポポ』を受け継いで、新たに『ピッツェリア・ポポ』をオープンいたしました。私自身美味しいピザが大好きです。こだわりの味と父親譲りのピザ魂をぜひ味わいに来てください~」 店主の写真と共にお店の紹介が書かれている。 「ピザ魂って何?」 「それ気になりますね!」 先輩の顔が少しだけひきつった気がした。 それからしばらくSNSを眺めてからこう言った。 「単純にピザの仕入れ先が変わったんじゃない?」 「材料の仕入れ先ってことですか?」 「そうじゃなくて、多分冷凍ピザなんじゃない」 「冷凍?」 「SNSには父親の店を受け継いだってあるけど、自分が石窯でピザ焼いてるなんてひと言も書いてないじゃん。そもそも手作りとも書いてないし」 「でも、個人経営の店ですよ?コンビニのスイーツとは違いますよ?」 「SNSにはお洒落な店内の写真ばっかりで、一枚もピザを作ってる写真がないよ。メニューもマルゲリータにチーズピザに照り焼きチキンとか、シーザーサラダとかありきたりなものばっかりだし。何より値段が妙に安い」 先輩は続けて話した。 「私も材料かレシピを変えたのかな?って思ったけど、SNSを見るとどうもうさん臭いね。ピザ魂って無理なワードもごまかしのためかもね」 「でも専門店ですよ?焼きたては温かいし、チーズも伸びますよ?」 「居酒屋さんや小料理屋さんだって業務スーパーで仕入れているお店あるよ。最近の物価高で、このお店も違う業者の冷凍ピザを使うようになったのかもね」 「まさか・・・」 「いや、ただの思いつきだから」 先輩はそういうと、何事も無かったかのようにバウムの味比べ作業に戻った。 次の週末、俺は浩を引き連れて『ピッツェリア・ポポ』に向かった。 大きなピザの絵が描かれた看板。オレンジ色の建物の横には、緑白赤のイタリアの国旗。 外観はいかにも『石窯ピザの店』っぽいけど、中に入ると少し様子が変わる。 黒と白のチェック柄の床は昔のアメリカっぽい。壁にはハンバーガーとポテトの描かれた謎のブリキ看板、その隣に飾られている写真はよく見るとフランスのエッフェル塔だった。 今まで気にならなかったけど、確かにうさんくさいかも。 「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか」 店主が笑顔で迎えてくれたが、じっくり見るとSNSの写真よりだいぶ老けている。顔写真を加工してるのかな? それとなく探りを入れてみることにする。 「こちらって石窯焼きのピザなんですよね?」 「はい。もちろん」 「先代から受け継いだ石窯で焼いてるんですよね?」 「実は今、調子が悪くて使えないんです。石窯はとても繊細なものなのでどうしても焼きムラが出来て僕としては納得できる仕上がりにならないんです。その代わりに味では引けを取らないオーブンを探し出して、今はそちらを使っています。父の形見の石窯も早く使いたいんですが、修理できる職人さんが限られてるので、なかなか見てもらうことが出来なくて」 立て板に水で話をしているが、ようは石窯焼きではないということだ。 「手作りピザって大変そうですよね?」 「朝から晩までバタバタですが、ピザの焼ける香ばしい匂いが大好きなんで、あっという間に一日が過ぎていきますよ」 微妙に論点をずらして、『手作りしている』とは一度も言わない。 「ピザの材料もこだわっているんですか?粉とかチーズとか」 「実際食べて確かめてみて下さい」 店主は笑顔で言った。 「味には自信がありますから」 こちらを見つめる目が怖かった。 「なんで買わずに出てきたんだよ?」 浩が不思議そうに聞いてきた。 「今日はお好み焼きが食べたくなってさ」 よくよく考えると怪しい点はいくつかあった。 開店当時はそこそこ繁盛していたのに、今日は俺たち以外の客はいなかった。 俺も浩も味音痴なのかまったく気が付かなかったが、他のお客さんは『冷凍っぽい味』に感づいて脚が遠のいていったのかもしれない。 ピクニック合コンの時に女性がピザを一切れしか食べなかったのも、単純にあまり美味しくなかったからかも。そうだとしたら合コンが失敗したのはあのピザ屋のせいだ。 「それにしてもあそこのピザ屋、なんであんなにチーズが伸びるようになったんだろう」 「それは・・・」 俺は言い淀んだ。世の中には知らない方がいいこともある。 俺たちがバカ舌なことも、店主が詐欺師かもしれないことも。 知らない方が幸せなのかもしれない。 「なんでだろうな?」 「不思議だよな~」 そもそも先輩も『ただの思い付き』って言ってたし。
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