0人が本棚に入れています
本棚に追加
季節は夏だった。その日は猛暑となっており、汗がダラダラと出てきていた。
この季節になると虫が多くなり、よく蚊に刺された
今日の引っ越しの依頼人は多大沙織(ただいさおり)さん25歳だった。職業はバンドをやっていたらしく、最近、音楽性の違いとやらで解散したらしい。
引っ越し理由も、確か「バンド仲間と距離を置きたかったから」とかだった。
いつもだったら現場は複数人で担当するのだが、彼女がどうしても一人でお願いしたいらしく、今日は私一人で引っ越しの手伝いをすることになった。
幸いなことに、棚やタンスなどの大きな物は多かったが、全体的な量はそんなに多くなく、引っ越しは順調に進んでいった。
どうやら荷物の中身は、沙織さんが引っ越し前に整理したらしく、とても軽かった。
しかしその中の一つだけ、 "やたら重いタンス" があったんだ。その時は、ちょっと変だと思ったが、気にすることでも無いと思い、そのタンスを運ぶのを後回しにして、他の荷物を運んでいた。
荷物をほとんど運び終えて戻ると、持っていくのを後回しにしていたためなのか、そのタンスに大量の虫が群がっていた。
ムカデにアリやゴキブリ。中でも多かったのがハエだった。
異常な虫の多さにその日は運ぶのを中断し、荷物に殺虫剤をかけ、二人とも現場を後にした。
次の日も同じ現場に来た。昨日はマスクをしていたが、この暑さもあり、今日はマスクをしずに来ていた。
現場に着くと、ある一点のあまりの異常さから、思わず鼻をつまんだ。
そう。この日に初めて気づいたのだ。その異様な「におい」に。
この世の臭いという嗅いを集め、凝縮したような
かいだことのない、においを。
小さな頃、ムヒを鼻に塗って、あまりの刺激に悶絶したことがあったが、それとは比にならない刺激であった。
もっと早くに気づくべきだった。この重さにこの
におい。もしかするとタンスの中身は……
俺は確認したくなった。
少し怖かったが、私は沙織さんに聞くことにした。
「沙織さん……におい変じゃないですか?」
「そうですか、どこか変ですか?」
「え?しかも、虫もいっぱいいるし……」
「どこか変ですか?」
「いや、こんなに湧くのはおか……」
「どこか変ですか?」
「しかも異様に重た……」
「どこが……変なのですか?」
彼女は一切の動揺も見せず、静かに、ただ静かに、私へ凍るような凍てつく視線を向けていた。
これはダメだ。本能で感じた。これは、開けてはいけないパンドラの箱。誤って中を見ようものなら、確実に無事では済まない!
私は虫を払い、言われるがままタンスを運ぼうとした。しかし、向きを下にしたその時……
タンスの上から二段目の引き出しが開いてしまった。
まずいと思った。中身を見てはいけないと思い、頭より体を全力で動かした。
私は完全に開ききる前に、引き出しを手で抑えることに成功した。
そして、何事もなかったかのようにそのまま荷物を運んだ。
私は何事も無く、すべての荷物を運びきったのだ。
そのタイミングで沙織さんが私に話しかけてきた。
「今日は驚きしましたか?実は全部ドッキリだったんですよ。タンスに死体とか入っていると思いましたか?フェイクです。いや〜いい顔が見れました」
彼女が笑っていたので、僕も愛想笑いをしておいた
…沙織さん……違うんです。
僕はあの時見てしまっていたのだ。タンスが開いたあの瞬間、実は僕は見ていたんですよ。
タンスの中に、人間の腕が何本も入っているのを。
その腕は筋肉質だった。今思うときっとそれは音楽関係者の腕だったんだと思う。
沙織さん……あなたは嘘をついていたけど、僕は全部知っているんです。
そのすぐ後に僕は仕事をやめた。
仕事をやめてからも、多大沙織が捕まったというニュースは見ていない。
仕事をやめて、僕は完全な部外者となれた気がした
そう……私はもう知らないんだ。関係ないんだ。
だから……電話をしてくるのは、やめてくれ………
私はもう部外者なんだ……やめてくれよ…見てないんだよ……
電話がつながった。
「私……どこか変ですか?」
最初のコメントを投稿しよう!