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3
目覚めと同時に俺の目じりを一筋の涙が伝った。
上半身を起こして周囲を見回す。見覚えのない白い部屋だった。扉が開いて中年の看護師が姿を現す。彼女は何事もなかったように俺の腕に繋がった輸液パックの交換をはじめる。
どうやら、どこか病院の一室にいるらしい。
「あの、すみません。私はどうしてこんなところにいるのでしょうか?」
看護師は最初怪訝な表情をしたが、すぐにわかりやすい作り笑いを返す。
「あら、忘れちゃったの? あなたは生牡蠣にあたってここに搬送されたのよ」
生牡蠣? 確かに覚えている。三日前に職場の同僚から譲り受けたのだ。持ち帰って熟考した後、廃棄すると決めたはずだ。
確かに俺は生牡蠣を廃棄した。そしてその後の数日は間違いなく現場に出勤した。
「すいません、私は入院してどのくらいたつのでしょう?」
「やあねえ、もう丸三日になるわよ」
俺はしばらく呆けたのち、事態を正確に把握した。
……ジャンプした。生牡蠣を三日前に食った世界線にジャンプしたんだ!
それから歓喜の武者震いが襲ってくる。
運が良ければユキと結婚した世界線にだって飛び移れるかもしれないじゃないか。
だが……、冷静になってみて俺は頭を抱えた。期間があまりにも短すぎる。三日前に分岐した世界線に移ってもまるで意味がないのだ。
俺は病衣のポケットに手を忍ばせる。小さな袋に手が触れた。袋を窓辺に掲げると、大量の青い錠剤が陽光を浴びて怪しく輝いた。
どういうわけか、新しい世界には元世界の記憶と、この謎の薬を引き継げるらしい。
ユキと結ばれた世界。俺がターゲットにすべきは五年以上前に分岐した世界だ。
どうすればそこまで跳躍できる?
俺は熟考の末、答えを導きだす。一度に嚥下する錠剤の量を増やしてはどうだろう? 考えれば考えるほど、それが最適な方法に思えてならなかった。
消灯の時間を待ってから、俺は布団の中で袋を取り出すと、手のひらに五つの錠剤を並べた。それから水も飲まずに奥歯でかみ砕き……一つ残らず嚥下した。
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