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………美和が歌っているのが聞こえる…。
いつも歌っている歌だ。
だいぶ昔に流行った…何の歌だったっけ…?
徐々に歌声がハッキリと聞こえてきて夢から覚めたことに気づく。
だけど目を開けたつもりがまだ目の前が暗い。
どういうことだ。
ここはどこだ。
歌声の聞こえる左側を見ようと体を動かして足に激痛が走った。
座ったまま両足が何かに挟まって動けなくなっている。
この状況がわかりそうでわからない混沌とした不安が襲う。
パニックになりながら大声で呼びかけた。
『美和!美和!どこにいるの!』
歌声が止んで穏やかな声がしてきた。
『啓之落ち着いて。
気が付いた?
よかった。』
『僕たち、どうしたんだ…?』
『混乱してるのね。
大丈夫だから落ち着いて聞いて。
私たち、たぶん崖崩れに巻き込まれたわ。』
『…えっ!』
美和に言われて悪夢みたいな一瞬が一気に蘇ってきた。
僕の実家に結婚を決めた報告に行った帰りだ。
山道を下り、あともう少しで国道に出るというところで左側斜面から前方の道路に土の玉が転がり落ちるのが見えた。
嫌な予感がした途端、物凄い音と衝撃を感じた。
そこで記憶は止まってる。
いつもの通り慣れた道だ。
崖崩れが起きるだなんて考えたことも無かった。
僕が黙って考えている間、また美和は歌っていた。
『思い出したよ。』
歌が止む。
『だいふ下りてきていたから崖から落とされることがなくて助かったね。
スマホは飛ばされちゃったけど、前に何台か走っていたからすぐ通報してくれてるよ。
この車はワンボックスで広いから空気も大丈夫よ。』
僕も手探りでスマホを探したが手が届く範囲には無かった。
手を動かすと背中が痛い。
僕が少し黙ると、また美和が歌う。
やけに落ち着いた声と冷静な判断に驚いたが、そのおかげで不安が和らいでいく。
美和の様子を確認する余裕が出てきた。
『美和は大丈夫?
僕は足が挟まってるみたいだ。』
助手席にいるはずの方へ手を伸ばそうとしたがやはり背中痛んで届かない。
歌が止む。
『…私もそんな感じ。
大丈夫よ。』
穏やかな声といつもの歌声。
美和は軽症であると信じた。
『ずっと起きてて歌ってたの?』
『啓之が怖くないようにね。
暗闇は嫌でしょ?』
ふふふと笑う。
『初めて2人でお泊まりした時‘真っ暗にしないで’って言ってて、この人は私が守らなきゃって思ったのよ。』
『何だよそれ。』
不意に弱みを突かれて気恥ずかしくなる。
小さい頃からひとり部屋で寝かされていたせいか、暗闇が嫌いだ。
ひとりで寝る時はスタンドライトを点けて、さらにテレビをつけたままか音楽をかけている。
『守るだなんて大袈裟な。』
『本当よ。
今日お義母さんのお仏壇にも誓ったしね。』
…いつの間に。
『だいたい守るだなんて男の役目だろ。』
また美和がふふふと笑う。
『今どきそんな時代錯誤なこと言うの、啓之くらいよ。』
いやいや、これから家庭を守るのは僕の仕事だから…。
会話をしているうちにまた眠くなってきた。
気が遠くなるような感覚。
そこから先は寝たり起きたりを繰り返したようだ。
眠りが浅くなると美和の歌が聞こえていた。
どのくらいの時間がたったのか。
『啓之!啓之!しっかりして!』
遠くで美和の叫ぶ声が聞こえる。
『前の方が明るくなってきたわ!
もう大丈夫!』
そしてちょっと間を置いて『じゃあね』と言った。
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