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やはりというか、ほとほと私には男運というものがないらしい。
加奈子の友人だって言ったのにドアを開けた途端――父親は文字どおり牙を剥いて、小柄で痩せた小娘に躊躇なく襲いかかってきた。
相当女に飢えているようだ――って、冷静に分析してる場合じゃないぞ、私。
むせ返るような独特の臭気に怯むことなく、華麗なバックステップでかわす。紙一重の差で前かがみになると、目標を見失った腕は空を切った。
「なん、だと?」
父親は歩みを止めて、自分の胸元に目を落とす。顔色がみるみる変わっていった。
そう、私は後ろ手に隠し持っていた包丁を、彼の心臓に突き立ててやったのだ。
「お前は、何者だ。いやそれより、娘は……加奈子は、どこだ?」
膝をつき、胸に包丁が突き刺さったまま、息も絶え絶えに尋ねてきた。
フローリングに滴る黒い血を見て、生理的嫌悪感を覚える。まったくもって、おぞましい限りだが、死を目前にして娘の安否を気遣うその心意気やよし。
私は顎をバスルームへ向ける。
「あそこよ。あんたもさっさと逝きなさい」
言って、包丁を抜き取り、すぐさま喉笛を掻っ切ってやる。辺り一面が黒い血の池地獄になった。現代の吸血鬼が、ドサリと音を立てて崩れ落ちる。こいつらはもはや、伝説にあるような不死者ではないのだ。そう思えるようになった私は、それなりに経験を積んで成長したのかもしれない。
私は、ふぅっと、息を吐く。
やつらがテリトリーを広げつつ、その薄汚い触手を伸ばしているのは間違いなさそうだ。なんやかんやで五人、いや五体の吸血鬼をこの手にかけたということは、都内にまだまだ潜んでいる可能性があるわけで――別に私が心配することじゃないんでしょうけど。
「さてと……」
私は血振りをし、包丁についた血を払った。
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