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先に口を開いたのは佑里だった。
「昔は、お父さんやお母さんにも取り憑けたんだ。わたしが死んですぐのころで、ふたりとも放心状態だった。その心の隙間に入り込めたのかなって思ってる。元気を取り戻すにつれて憑けなくなっていったから」
佑里はまっすぐ僕を見る。
「辰巳くんは、あのころのふたりよりも取り憑きやすい」
「……」
返す言葉が見つからない僕に、佑里は表情と口調を和らげた。
「勝負しよっか」
「勝負?」
「わたしはやっぱり、お父さんやお母さんと一緒に暮らしてみる。だから辰巳くんは、親のことなんか忘れて、もっと自分本位に生きてみて。それで幸せになって、わたしのこと馬鹿だなって笑ってよ」
生暖かい風が、佑里の長い髪を揺らす。一滴の汗すら浮かばない涼しげな表情は、彼女がこの世のものでないことを強く感じさせた。
「そのとき、ついでにまた漫画喫茶に連れてくれたら嬉しいな」
「けど佑里さんの理屈でいくと、もう取り憑けないんじゃないですか?」
佑里は目をぱちくりさせ、ガックリと肩を落とした。
「それもそうか……わたしの負けだしね」
そしてひとつため息をついて、「じゃあ」と顔を上げる。
「そのときを楽しみにしてる。ほんとうに、ありがとね」
そのまま家の方に体を向けたが、すぐにまたこちらに視線をやった。
「寂しくなったときは、遊びに来てもいいんだよ?」
「漫画を読みたいだけじゃないですか」
「バレたか」
佑里はあどけない表情で笑う。思えば、この笑顔に引っかかったのが始まりだった。
「じゃあ、湿っぽくならないうちに」
ばいばい、佑里はそう言って瞼を閉じた。そして次の瞬間にはもう、彼女の姿は見えなくなっていた。
僕は門に背を向け、歩き出す。
帰りの旅路のために、昨日読んだ漫画の続きでも買ってみようか。
四つ角のところで振り返ると、屋根に腰掛けた佑里が手を振っていた。
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