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 安永(あんえい)八年 十二月 十八日。時は()()つ(午後六時)あたり。日は沈み、月の光は、行燈(あんどん)が浮かぶがごとく。  二十歳(はたち)を過ぎた青年が、半纏(はんてん)の袖に腕を突っ込み、背を丸めて家路を急いでいた。  この青年、名を中島(なかじま)鉄蔵(てつぞう)という。江戸の浮世絵師勝川(かつかわ)春章(しゅんしょう)に師事している絵師である。画号(がごう)は、勝川春朗(しゅんろう)。  鉄蔵の、足の運びが少しずつ早くなる。月が出ているとはいえ、行燈の明るさだ。通りは暗い。吐く息も、白くなってきた。一刻も早く長屋に帰りてえ。 「おや……」  立ち止まる鉄蔵。何やら塀際に、黒い(かたまり)。もそもそと(うごめいて)いている。  物の怪の(たぐい)か? 足早に駆け抜けるか。ふと思う鉄蔵だが、持ち前の好奇心で、ふみとどまりその塊をじっと見る。目が慣れてくると、男が二人。  一人は、地面に伏している。  もう一人は、伏した者を、介抱をしているように見えた。
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