1/1
前へ
/13ページ
次へ

「源さん! すっかり元気になりましたね」 「おう玄の字。おかげさまやで。足のいたみも()うなった。てっつぁんにも、世話になった」 「いえ、あっしは、平賀先生や杉田先生のお役に立てただけでも、感激でさあ」 「ほうか。でも、あんまり長居はできんけんの」  源内は玄白を見てうなずいた。 「うむ。僕は、ここに来る途中に、妙に鋭い目つきの男たちとすれ違った。ありゃあ、反老中派の追手かも知れない……」  源内、今度は鉄蔵を見る。 「てなことや。わしは、今夜ここを出ることにするで。玄の字、悪いがあんたに預けてある、わしの手荷物を、今晩ここに持ってきてくれんかな」 「あいわかった。で、源さん、今夜ここを出てどこへ?」 「讃岐(さぬき)(香川県)に帰る。ぼちぼちな。わしは、小伝馬牢で死んだことになっとるから、何とかなるやろう」 「さ、讃岐って西の果てじゃないですかい。大丈夫ですかい?」  鉄蔵は讃岐に行ったことはないが、漠然と遠国(おんごく)だということは感じていた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加