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 鉄蔵が玄の字に声をかける。 「旦那の屋敷は、ここから近いのですかい?」 「十町(じゅっちょう)ぐらいかな」  十町とは約一キロメートルとちょっと。 「そうですかい。じゃあ、あっしの長屋の方が近い。こっから一町ありやせん。それに今なら、まだ長屋木戸(きど)()いてやす」  鉄蔵の住む裏長屋は、防犯のために『長屋木戸』と呼ばれる木戸門(きどもん)が、路地口にある。()()つ(午後六時頃)には、長屋の大家(おおや)が木戸を閉める。それ以降は、木戸を通過するには、その旨を大家に申告しなければならない。まことに面倒くさいのだ。 「そうだな。じゃあ悪いけど、世話になるよ。源さん、もうちょっとだからな、頑張りなよ」  鉄蔵と玄の字は、猛烈に痛がる源さんを、半ば引きずりながら、長屋に向う。その間ずっと、源さんは(なさけ)けなく叫び続けていた。  長屋に着くと、出迎えるものもなく、鉄蔵は手早く布団を敷く。源さんをゆっくりと煎餅布団(せんべいぶとん)に寝かせる。  「源さんよ、ちょっとここで休ませてもらおう。裏長屋だからね、静かにしてなよ」  源さんの右足を見ながら、坊主頭が、ふうとため息をつく。 「ああ、ああ。す、すまんなあ玄の字。ほいで、そこの若い()は、だれや?」 「へい。鉄蔵(てつぞう)と申します。ここは、あっしの長屋で……」 「おう、そうなんだ源さん。このお人が、通りかかって、助けてくれたんだよ」 「ほうか、そりゃあ、すまんな。鉄蔵……てっつぁんと呼んでええかな」 「へい。あっしは、構いません」 「ううううう、まだ痛てえよ。玄の字、(はよ)う、なんとかしてくれよ」  両(こぶし)を握り、歯ぎしりをする源さん。 「うむ。源さんの足は、刃物で切られたんだったね。切り口が()んでいるんだ。縫合(ほうごう)して消毒をしないと、破傷風(はしょうふう)になってしまうかもなあ。今は動かせないから、僕が家に戻って道具を取ってくる。その(あいだ)……」  玄の字は、鉄蔵の顔を見る。 「鉄蔵君、源さんを、ここで寝かせておいてほしいんだ」
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