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四
「へえ、それはいっこうに、かまいませんぜ。あなた様は、お医者様でしたか」
「蘭方医、杉田 玄白や。てっつぁんも噂では、聞いたことあるんとちゃうか。腑分け魔だよ」
源さんが、鉄蔵の手をつかむ。腑分けとは、人体解剖の事で、処刑された犯罪者が医学研究のために解剖された。
「おお。知っておりやす。高名な蘭学の先生と聞き及んでおりやす」
「高名かどうかは知らないけど。そうだよ僕が杉田玄白だ。そして、君が運んでくれたこの男は、稀代の山師の平賀 源内そのひとだ」
「おい、玄の字。山師って、どういうことや。金山を発掘する者のことか、それとも詐欺師って意味か?」
「その両方だな。まあ何でもやる学者ってとこか」
「え、平賀源内先生って、『エレキテル』をこしらえた方ですか。あっしは深川の見世物で、小さな雷が、針金に落ちるのを見やしたぜ」
「正確には、わしがこっさえたんじゃない。オランダ人が持って来た物を復元しただけや。それになあ、わしは、本来は本草学者じゃ! いててててて」
一段と歯を食いしばる源内。本草学とは、薬用とする植物、動物、鉱物などを研究する学問で、博物学のようなものである。
「ほら、むきになりなさんな。じゃあ、大人しくしときなよ、源さん」
「おう、早う帰ってきてや」
玄白は、雪駄の前坪をしっかりと指股で挟むと、風のように飛び出して行った。源内は、熱で顔が赤く、額からは玉のような汗が、滴り落ちている。鉄蔵は、土間の瓶から洗面器に水を入れて、源内の枕元に置いた。ほっぽり出していた手ぬぐいを、探し出して水に浸す。それを、ぐいっと絞って、源内の汗をぬぐい取った。再び手ぬぐいを冷やして額に乗せる。
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