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「へえ、それはいっこうに、かまいませんぜ。あなた様は、お医者様でしたか」 「蘭方医(らんぽうい)杉田(すぎた) 玄白(げんぱく)や。てっつぁんも(うわさ)では、聞いたことあるんとちゃうか。腑分(ふわ)け魔だよ」  源さんが、鉄蔵の手をつかむ。腑分けとは、人体解剖の事で、処刑された犯罪者が医学研究のために解剖された。 「おお。知っておりやす。高名な蘭学の先生と聞き及んでおりやす」 「高名かどうかは知らないけど。そうだよ僕が杉田玄白だ。そして、君が運んでくれたこの男は、稀代(きだい)山師(やまし)平賀(ひらが) 源内(げんない)そのひとだ」 「おい、玄の字。山師って、どういうことや。金山を発掘する者のことか、それとも詐欺師って意味か?」 「その両方だな。まあ何でもやる学者ってとこか」 「え、平賀源内先生って、『エレキテル』をこしらえた方ですか。あっしは深川の見世物で、小さな雷が、針金に落ちるのを見やしたぜ」 「正確には、わしがこっさえたんじゃない。オランダ人が持って来た物を復元しただけや。それになあ、わしは、本来は本草学者(ほんぞうがくしゃ)じゃ! いててててて」  一段と歯を食いしばる源内。本草学とは、薬用とする植物、動物、鉱物などを研究する学問で、博物学のようなものである。 「ほら、むきになりなさんな。じゃあ、大人しくしときなよ、源さん」 「おう、(はよ)う帰ってきてや」  玄白は、雪駄(せった)前坪(まえつぼ)をしっかりと指股で挟むと、風のように飛び出して行った。源内は、熱で顔が赤く、額からは玉のような汗が、滴り落ちている。鉄蔵は、土間の(かめ)から洗面器に水を入れて、源内の枕元に置いた。ほっぽり出していた手ぬぐいを、探し出して水に浸す。それを、ぐいっと(しぼ)って、源内の汗をぬぐい取った。再び手ぬぐいを冷やして額に乗せる。
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