1/1

11人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

「ああ、てっつぁん、ありがとうな。捨てる神あれば、拾う神ありやなあ」 「平賀先生は、誰かに捨てられたんで?」  言葉通りに受け取って、聞く鉄蔵。 「ほうなんや。わしは、捨てられるところやったんや。てっつぁん、あんたは、わしを拾うてくれた神さんやから、本当のことを言うわな」 「え、あっしなんかが聞いても、いい話なんですかい」 「ああ、あんたさえ黙っとったら大丈夫や。実はな、わしは小伝馬(こでんま)町の牢に入れられとったんや」 「平賀先生ともいうお方が、何かやらかしちまったんですかい」 「ほれがやなあ。何もやらかしとらんのやで。これは、反老中(ろうじゅう)派の陰謀や」 「え! 老中とは、江戸幕府老中、田沼(たぬま) 意次(おきつぐ)様の事ですかい……」  大声が出そうになった鉄蔵だが、その重大さに声を抑えた。 「ほうや。わしは、田沼様とは懇意にしとったんやけんど、それをよく思わん奴も、ようけおってなあ」 「はあ、田沼様の御政道の、よくない(うわさ)も聞きますぜ」 「おう……。ほんでな、わしがある日、大名屋敷の修理を請け負ったんや。そこで、なんやしらんが大工どうしが、喧嘩を始めてな。一人は刃物を持っておったんで、わしは止めに入ったんや。もみあいになって、わしは足に怪我をした。ほれが、これや」  源内は、右足を指差した。 「はあ。それでどうなったんで」 「一人の大工が、刃物をでもう一人の大工を(あや)めてしもうた。で、そいつは、どっかに逃げて行ってしもうたんや。結局、問答無用で、わしが大工殺しの下手人(げじゅにん)にされた。そんで、小伝馬町の牢屋に入れられたっちゅうわけや。あほげな話やろ。足の怪我は悪うなるし。もう地獄やったで。牢役人がこそこそ話しとることで、これは、田沼様の政敵の奸計(かんけい)ということを知ったんや」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加