1/1
前へ
/13ページ
次へ

「とりあえず、様子を見よう。それでだ、鉄蔵君。やっぱり源さんは、今は動かせない。で、お願いだ。源さんをしばらくここへ、おいてやってほしいんだけど」 「へい。ここに来た事情は、平賀先生からお聞きしやした。あっしでお役に立てるなら」 「おお。それはありがたいよ。なにしろ、どこに老中の政敵がいるか分からんからね。じゃあ、源さんが歩けるようになるまでだ、よろしく頼むよ。僕も用心して、ここにくるようにするよ」 「へい。おまかせを」 「源さんよ。いい人に出会えてよかったな」  源内は、いつしかイビキをかいていた。  翌日、源内は目を覚ますと、辺りを見回した。見たことのない裏長屋の四畳半。明るい障子の向こうからは、長屋の店子(たなこ)のあわただしい声が聞こえる。  たしか昨日、玄の字が牢の裏口に迎えに来た。帰る途中だった。激しい痛みで歩けなくなり……。 「平賀先生、お目覚めですかい」  鉄蔵が、盆に朝食を並べて源内のもとに差し出す。ご飯にみそ汁、漬物に焼いた目刺(めざし)。鉄蔵、精一杯のおもてなしだ。 「ここは? あんたは……。そうや、鉄蔵……。てっつぁんだ。思い出した。わしは、牢を出て、玄の字の屋敷に行く途中で、ぶっ倒れたんや。途中、助けてくれたんが、てっつぁんやったな」 「へい。平賀先生が、お休みになってから、杉田先生がお見えになって、治療をされやした」 「ほうか……。全然わからんかった」  そう言って、右足の包帯を見る源内。 「平賀先生、足の具合が良くなるまで、あっしの四畳半でご逗留(とうりゅう)くだせえ。ぼろ屋で、申し訳ありやせんが」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加