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九
「あんたは、何が楽しくて、絵を描くんや?」
目を細めて源内が聞く。
「はあ……。好きで始めたことですが、今は修行中で、なかなか思う通りには描けやせん。楽しい……までの境地にはなかなか、至りやせん」
「ほうかい。でも、あんたの描いた、この絵のこの線。ここ、ここ。これ、なかなかいい味出してるで」
源内は、富士山の輪郭の一部分を指差す。全体ではなく、一部分のわずかな曲線だ。
「へえ、そうですかい。実は、その線は、あっしが初めて思う通りに描けた線なんで。自分でもお気に入りの線でして。よくお分かりで」
「おう。そうやろう。これは、いい線や。この線が描けた時は、気持ちよかったやろ」
「へい。ほんの短い線ですが、その線が描けた時には、腹にすとんと落ちる心持がしやした。あれが楽しいってこってすかね」
「せやな。てっつぁんは、いい絵描きになるで。ただ……絵姿はええんやけどなあ……」
富士の絵を、目の前に差し上げる。
「え、何か不手際がありやすかい」
「うーん。線はなあ、ええんやけどなあ」
「平賀先生、そんなこと言われたら、気になりやす。どこが悪いんで?」
「色やなあ……」
「色? この富士の色ですかい?」
鉄蔵の問いに、源内が答えかけた時だった。がさっと長屋の障子が開く。
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