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「あんたは、何が楽しくて、絵を描くんや?」  目を細めて源内が聞く。 「はあ……。好きで始めたことですが、今は修行中で、なかなか思う通りには描けやせん。楽しい……までの境地にはなかなか、至りやせん」 「ほうかい。でも、あんたの描いた、この絵のこの線。ここ、ここ。これ、なかなかいい味出してるで」  源内は、富士山の輪郭の一部分を指差す。全体ではなく、一部分のわずかな曲線だ。 「へえ、そうですかい。実は、その線は、あっしが初めて思う通りに描けた線なんで。自分でもお気に入りの線でして。よくお分かりで」 「おう。そうやろう。これは、いい線や。この線が描けた時は、気持ちよかったやろ」 「へい。ほんの短い線ですが、その線が描けた時には、腹にすとんと落ちる心持(こころもち)がしやした。あれが楽しいってこってすかね」 「せやな。てっつぁんは、いい絵描きになるで。ただ……絵姿はええんやけどなあ……」  富士の絵を、目の前に差し上げる。 「え、何か不手際がありやすかい」 「うーん。線はなあ、ええんやけどなあ」 「平賀先生、そんなこと言われたら、気になりやす。どこが悪いんで?」 「色やなあ……」 「色? この富士の色ですかい?」    鉄蔵の問いに、源内が答えかけた時だった。がさっと長屋の障子が開く。
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